ニンギョウ


「終わった――のか?」
空虚な空間で誰かが呟く。小さい声だったが、それは全員の耳に届いた。
「ああ、終わったんだ…。」
まだ信じられないような、どこかふわふわとした声がそう答える。

「何人――やられた…?」
がっくりとしゃがみこんでいたクラインが、顔を上げてかすれた声で聞いてきた。
何人かのプレイヤーも、その言葉を聞いて俺を見る。
「――14人だ。14人、死んだ。」
自分で言っておきながら、信じられなかった。死者が2桁を超えたのだ。75層にもなってくると、攻略組も高レベルの、それなりに経験を積んだプレイヤーばかりだった。たとえ、離脱や瞬間回復不可の状況であるとはいえ、生き残ることを優先とした戦い方をしていれば、簡単に死んでしまうことは無い。―そう、思っていたのだが……。
「――なぁ、嘘だろ……?」
エギルの声にも普段の張りはまったくなかった。生き残った者たちにネガティブな考えが浮かんでいく……

ようやく4分の3――まだこの上に25層もあるのだ。何千のプレイヤーがいるといっても、最善線で真剣に攻略を目指しているのはほんの一握り、数百人程度といったところだろう。これから1層ごとにこれだけの犠牲を出してしまえば、最後にラスボスと対面できるのはたった1人――といった事態にもなりかねない。

おそらくそうなった場合、生き残るのは間違いなくあの男だろう……。澄ました顔をした男をちらりと見遣る。
血盟騎士団団長、ヒースクリフ。ユニークスキル《神聖剣》の持ち主。
HPバーを見ると、黄色。即ち体力の半分ほどまでHPが削られていた。どれだけあいつが固くとも、やはりそれぐらい削れてしまったのだと思うと、改めて今回のボスの恐ろしさを知る。


「な、なんで助けなかったんだ!!」
キーキーと甲高い声が聞こえる。―またあいつか…。呆れながらも騒ぎの方へ向かう。
周りの野次馬を除けながら騒ぎの中心へと進んで行くと、2人のプレイヤーが対峙していた。
「お、お前が作戦を立てたんだろ!お前が立てた作戦の所為で皆死んだんだ!!お前が殺した14人に謝れよ!」
「―どうして?」
1人がそう言う。その瞬間、全員がこう思ったのだろう。


――やっぱり、化物には理解できないのか。と。





プレイヤーネーム、シン。
驚異的な頭脳を持つ天才、通り名は《赤い化物》。
最善策を構成し、時にプレイヤーをも切り捨てる、冷血な化物。

シンはそう言った後、いきなり歩き出した。
静かな空間に、こつこつと靴の音が反響する。全員が固唾を呑んでシンの動向を見つめる中、シンは1人の男の前で立ち止まる。





「主人、主人、主人。もういいんじゃないでしょうか。」
「―確かに、そろそろいい頃かもしれないね。」



ヒースクリフがにやりと笑った。









「シンは道具です。人形です。化物です。案内人です。最善策です。主人の命に従い、主人の為に死にます。そう言う道具です。」
「痛くないのです、しんどくないのです、辛くないのです、悲しくないのです。シンは道具で化物ですから、そういった感情はないのです。」
いつもとまったく違う口調で。
シンはまるで、それが当たり前であるかのように淡々と語った。―俺にはまるで理解できない。無茶苦茶な理論を振りかざすシンとヒースクリフが。
「分かってますから。」
まるで見透かしたようなタイミングでシンは言う。分かってる?何をだ。

「全部、全部です。シンが化物であること、異端であること。―シンが考えていることは可笑しいって、皆さんが思ってること。」
そう言い終えるとシンはヒースクリフに抱きつく。その頬を撫で、ヒースクリフはうっそりと笑う。

「僕のシン君は可愛いだろう?」
「流石の私も同情を禁じ得ざるおえないよ。シン君の人生はそれほどまでにも酷かった。」

「小さい頃、監禁、誘拐されて人体実験の被験者にされ、家に帰ってきたら虐待され、強姦に遭い、毎日お前のせいだと罵られる。それにどうやら、学校ではいじめにあっていたようだしね。やっと親友と言えるような人ができたと思えばその子は自殺。それなりに友好のあった先輩方も病気で亡くなって、高校を中退して引き篭もった。自殺未遂もおこしていたようだし。―どうかね、これでもまだ、シン君が可哀想ではないと、そう言えるのかね?」
「―っあ、」
もう何も言えなかった。一体何を言えるというのだ、もう俺の言葉は届かないって分かっているのに。先に拒絶したのは俺だ。ヒースクリフ。いや、茅場の隣に控えるシンを見て漠然とそう考える。茅場に頬を撫でられているシンの目に、一切の光はない。だがその瞳は雄弁に語っている。絶望。諦め。失望。悲しみ。全てが混ざり合い、シンの眼は不思議な魅力を放つ。惹かれるようにシンを凝視する。いつの間にか、この場に居るすべてのプレイヤーがシンを見つめていた。

ぽつりとクラインが呟く。

「―キリトぉ、俺は、俺はアイツによぉ、化物って、気持ち悪ぃって言っちまった…」
「あ、あぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!」















「―本当に、残念だよ、キリト君。君なら、理解してくれると思っていたのだがね。」


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