イカリソウと君
かーごめかーごめー
かーごのなーかのとーりーはー
いーついーつでーやーる
よーあーけーのばーんにー
つーるとかーめがすーべったー
うしろのしょうめんだーあれー
*
――声が聞こえる。小さな、まだ年端も行かない子供の声が。
きゃらきゃらと笑って、哂って、嘲って。そうして最後にこう言うのだ。
「後ろの正面誰でしょう。…ってな」
「お兄ちゃん、それキモイよ」
「なんでだよ!?」
信じてもらえないかもしれないけど本当のことなんだ。そう言ってモモに語った内容は全部嘘じゃない。…信じてもらえないとは思っていたけど。キモイは酷くないか?最近はエネもいないし、モモには信じてもらえないし、万事休すとはこういうことを指すのだろう。
……ま、いいか。このままアジトにでも行けば話を聞いてもらえるかもしれないし。あいつらの本職だろ、こういうものは。
「…よし。モモ、ちょっと出かけてくるわ」
「えっ!?お兄ちゃんが外に出る!!??大丈夫なの?」
「最近は出てるだろうが!…ったく、…いってきます」
「よくわからないけど…いってらっしゃい?」
ひらひらと手を振って家を出る。…にしても、今日は曇りか。やっぱり行くの止めた方がよかったかもしれないな。今更帰るとは言わないけど。
路地裏を歩く。薄暗くて少し不気味なこの道は、密やかな俺のお気に入りだ。ざりざりと靴底が磨り減る音が鳴り、心なしか足取りも軽い。一応言っておくが。無論、足音はひとつだけだ。
「……めー…ごの……はー」
「……っー…つー……ぁあーうー…」
「…は?」
微かに声が聞こえる、気がする。…高い声だ。まるで、まだ年端のいかない、無邪気な子供のような。……早くアジトに行こう。
「…けーのー…、…んにー」
「…ると……ーめが…、…ったー…」
何も言わずに駆け出した。相変らず聞こえるのはひとつ、俺の足音だけだ。でも、子供の声だけは聞こえる。少し走っただけでひぅひぅと音が鳴り、普段の運動不足を今更ながら後悔した。
「っ、!!」
走る、走れ、走れ走れ!!!!!!!!!自分に言い聞かせながら走り続ける。足が縺れこけそうになりながらも、なんとか体勢を立て直して走る。駄目だ。足を止めるな。追いつかれたくないなら逃げろ。そう脳内に警鐘が鳴り響く。
目の前に光が差した。あと少し、あと少しでこの路地を抜けられるんだ。そう思ったらやる気も出る。走れ!逃げろ!!力いっぱい両手を振る。走れ、走れ走れ走れ走れ走れ!!!!!逃げ切るんだ!!!!
「≪う シ ろ の 正 面 だ − あ れ ? ≫」
目が、回る。
*
独特の薬の匂い、真っ白な部屋。
ぴっ、ぴっ、と規則的に鳴る音と、しゅー、しゅー、と微かに聞こえる呼吸音以外は、何も聞こえない。
「ねぇ、お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「お医者様に任せておけば大丈夫よ。それに、もし万が一目覚めたとしても局所麻酔、だったかしら。それをしているから痛みを感じることはないらしいわ」
「へぇ…、お兄ちゃん、早く起きてよね…」
カゲロウデイズが終わり、皆が幸せになった頃。突然お兄ちゃんが倒れた。原因は不明で、冬になった今でもお兄ちゃんは眠ったままだ。
いつもお見舞いに来るのは私とお母さんだけで、その他は、たまにひょっこりと現れるアザミさん位だ。メカクシ団の皆、アヤノさんは来たことがない。来れる筈がない。
アザミさん曰く、私とアザミさん以外のカゲロウデイズ関係者全員は、あの夏の記憶がないらしい。なんで私だけが覚えているかというと、ちょっとした恩恵の結果なんだそうだ。誰からの恩恵なのかは知らないけど、とても感謝している。
「…」
「……」
誰も何も喋らない、無音の時間が続く。相変らず聞こえるのは、微かな呼吸音と心電図モニターの音だけだ。
―――彼は、今日も夢の中。
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