01

***01



 ―生まれたときから、痛みと云う感覚がわからなかった。カッターの刃に触っても、金槌を腕に振り下ろしてみても何も感じなくて。たまにいつの間にか大怪我を負っていて、病院に緊急入院することも少なくなかったけど、でもやっぱりなにも感じなかった。そして、だからこそ誰かが痛みを訴えていても何も共感することは出来なかったんだ。
 でも、そんな俺には優しい片割れがいる。黒いパーカーを着ていて、俺とは真逆で運動が得意。それでいて、俺がこけそうになっただけで過保護なくらいに心配してくれる、そんな優しい片割れ。
 ―ずっと暗い部屋でふたりきり。それだけでいい。それ以外はいらない。俺たちだけの小さな世界。

「こんにちは」

 そんな世界にある日、侵入者がやってきた。どうやら政府の人間みたいだ。何故かは知らないが、今から歴史改変に動き出した奴らを止めるため、片割れ共々、別次元に飛ばされてしまうらしい。拒否権はないらしかった。
 ―別に、シンがいるならどこでもいいけど。できることなら早く帰りたいなぁ、なんて。そんなことを考えながら俺の意識は遠のいていったのであった。






「―ん、」
 畳の匂いがする。目を開けるといつもより眩しくて、思わず目を細めた。
 しばらくして。目が慣れたので、周りを見渡してみる。一面の畳。障子。庭を見てみるとたまに鯉が水面に跳ねている大きな池。そして池に架かる石橋。古き良き日本邸といったところか。どうやら政府の人間とやらが言っていたことは本当だったらしい。まぁ、別に俺はシンタローがいれさえすればいいし。
 そんな風に考えつつも、俺の膝で眠っているシンタローの頭を撫でる。さらさらと手から零れる黒髪の感触が心地いい。そのまま髪を梳くようにしてみる。最近はだいぶ髪が伸びてきたし、起きたら髪を纏めてやろうかな。髪を括ったシンタローもきっと可愛いだろう。今着ている和服にも合うだろうし。

「……あの、」
 振り向くと小さな狐のようなものがいた。どこかのマスコットキャラかなにかか?別に、世間一般にとっては可愛いんだろうけどどうでもいい。可愛くて綺麗で儚くて天使なシンタロー以外はどうでもいい。

「あ、あの……聞こえていらっしゃいますか……?」
「―ああ、うん。何?」
「は、はい!私、政府から派遣されました、こんのすけと申します」
「―へぇ、」
「と、ところでもう一方は…」
「寝てる」
「いや、それはわかっておりますが……」
「――んぅ、」
 こんのすけと対話していると、シンタローがむずがるような声をあげた。…もしかして、煩かったのか?思わずぴくりと肩が揺れ、シンタローの方を見る。
 ふるりと瞼がふるえて、一度ぎゅっと目を瞑ったかと思うと、真っ黒な目がぱっちりと開いた。

「――シン?」
「おう、おはよ」
「あっ! お目覚めになられましたか!! …はじめまして。私、こんのすけと申します」
「―へぇ。……よろしく?」
 むくりと俺の膝から起き上がったシンタローは、俺の名前を一番に呼んだ後に、こんのすけ、だったっけ。そいつの言葉に返事を返した。…こてりと首を傾げているシンタローも可愛いなあ。
 ほのぼのしていると、いきなり目の前に何種類かの刀を並べられた。どれも刀身のまま置かれていて少し危ない。シンタローが怪我でもしたらどうしてくれるんだ。

「この刀たちの中から、どれか一振りをお選びください。それが貴方の最初の刀となります」
「―ふうん。…シンタローはどれがいい?」
「えっと、……じゃあ、これ」
 かちゃりと一振りを手に取る。刀身が丸裸なせいでこんのすけに刃を向けるようになっているが、それは刀を丸裸なまま出したあいつが悪い。自業自得というやつだ。

「そ、それでよろしいでしょうか…」
「…ん」
「シンタローがそれでいいのなら」
「で、では刀を畳に置いてください」
 言われたとおりにシンタローが刀を畳に置いた。……畳に直に置いてもいいもんなのか、これ?普通は綺麗な布をさらにひいて置いたりだとかするもんだろ。刀身に傷がついてもいやだしな。……まあ、いっか。

「次は、どの部分でもいいので刀身に触れて下さい」
「それって1人だけでもいいの?」
「いえ、必ずお二方でお願いいたします」
「わかった。……シンタロー、気をつけろよ」
「ん」
 刀身に触れる。ひやりとした刀身が心地いい。緩々と刀身を撫ぜてみたら鈍く光る銀色が一層輝いた気がした。多分、見間違いだろう。横を見るとシンタローが優しく刀身を撫でている。…シンタローといい、俺といい、何で刀身を撫でているんだろうか。衝動、というか。撫でて欲しいオーラみたいなものが出ているのか?……今日は変に考えることが多いな。昨日まではシンタローのことだけを考えていれば十分だったのに。

「――…シン?」
 ちょいちょいと小さく、シンタローが俺の裾を引っ張る。無言でシンタローを見る。…心配そうな顔。

「―ああ、大丈夫だ」
 そう言ってシンタローに笑いかける。大丈夫。俺にはシンタローだけだ。他には何もいらない。……そうだろ?何も変わらないんだ。今までも、これからも。

「…い」
「……ん?」
 決意を新たにしていると何か小さな声が聞こえる気がした。……気のせいか?

「気のせいじゃないよー!ねー!主ー聞こえてるー?」
「…誰だ、お前」
 声のする方へ向いてみると見知らぬ男が立っていた。…俺と同じくらいの年齢だろうか。赤いマフラーとネイルが際立つ服装。ピアスやヒールといったものを身に着けていて、ずいぶんとファッションに気を使っているようだった。髪も背中ほどまであり、首のあたりで括っている。……いや、だからどうしたって話なんだが。シンタローがいれば俺的にはどうでもいいし。

「俺ー?俺は加州清光!川の下の子、河原の子ってね!扱いにくいけど性能はピカイチ!いつでも使いこなせて可愛がってくれると嬉しいな!」
 そう言ってにこにこと笑う。…胡散臭いってか、なんかこいつ、めんどくさそうな奴っぽい気がするんだよなぁ。できる限りは関わりたくない。俺とシンタローの安寧のためにも。

「おー……んーと、よろしく?」
 加州を見たシンタローは、ぱちぱちと手を叩き、首を傾げて笑った。…あー可愛い。廃れた俺の心も癒されるな、流石シンタロー。
 癒された状態で、次はこんのすけを見る。いや、わりかしどうでもいいんだけどな。強いて言うならただの暇つぶしだ。

「な、なんでしょうか…?」
「いや、別に何も?」
「は、はあ…」
 首をかしげながら、こんのすけが加州清光の方へと歩いていった。若干びくついていたのは気のせいだろうか。…多分、さっき刀身を向けられていたのが影響しているんだろうが……別に、どうでもいいから放置。
 シンタローの方を向いてみると、目が合った。にこりと屈託のない笑みを俺に向けるシンタローは可愛い。当たり前だけど。

「では、顕現に成功したことですから、実際に出陣してみましょうか」
「…今からか?」
「ええ」
「…まだ、一振りだけど」
「即座に出陣しろという、政府からのお達しですので」
「…めんどくせぇ」
「お願いいたします」
「……じゃあ、今から言うもの…用意してくれる?」
「はあ、なんでしょうか」
「…んと、」
 シンタローがこんのすけに何かを要求している間、俺は加州の元へと向かった。…特に何の意味もない。シンタローの邪魔をしないように暇を潰そうと思ったらたまたま加州が近くにいただけで。

「―ん?どうしたの、主??」
「…いや、別に」
「ふーん…」
 ほっぺたを膨らませた加州のほっぺをつつく。もちもちしていて気持ちいい。いや、シンタローには負けるが。加州も相当なもち肌だった。…あれ?そういえば、俺の周りには女子力高いやつばっかりしかいなくね??シンタローのケアは俺がしてるからあれだけど。
 ひたすら加州のほっぺたをぷにぷにしていると、後ろの方から声が聞こえた。…いや、別になんでもない、こんのすけの「了解致しました!少々お待ちください!!」という焦ったような声音だけだけど。…シンタローが立ち上がる気配がしたので加州のほっぺから手を離し、くるりと反転する。目と鼻の先にシンタローの顔があった。…やばい、知ってたけどシンタロー天使か。

「……、シン?」
 天使の可愛い顔を俺の脳内ハードに焼き付けるべく凝視していると、シンタローが訝しげな表情で俺を見つめていた。俺の片割れはこんなに可愛い!!!!!!!!!…当たり前か。むしろ世界の真理だよな、うん。…異論は認めるわけない。ん?もし異論唱えた奴がいたら??……来いよ、俺がぶちころがしてやるから。
「なんだ、シンタロー?」
 思わずニヤつきそうになる表情筋を押さえてなんでもないように答える。…おい、隠せてないとか言うなよ自分でもわかってるから。

「…こんのすけに頼んで、送ってもらった」
 そう言ってシンタローは何かを持っていた手を離した。ぱさぱさ、がたごとと大小様々なものが畳に落とされる。

「…なんだ、これ?」
 そのうちのひとつである麻袋に入れられた何かを指差すと、シンタローはこてりと首を傾げた。やっべ、今の角度エロ可愛い。

「…火薬?」
 …ん?火薬?……ああ、もしかして今俺突発性の難聴に罹っちまったのか、そうなのか。うんそれなら仕方ないよな。

「…ごめんなシンタロー。ちょっと聞き取れなかったからもう一回言ってくれるか?……これ、なんだ?」
 聞きたくないと訴えかける俺の理性とは裏腹に、好奇心と本能が俺に言葉を紡がせた。……だから聞きたくないんだってば。いい加減仕事しろよ俺の理性!お前は年中夏休みな自宅警備員もといニートかよ!!??…あれなんかデジャヴが。

「だから、火薬」


[ 20/28 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



-TOP-
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -