02

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 ―目が覚めると、知らない天井が見えた。
 使い古されたテンプレだ。それもラノベの主人公がよく言いそうな感じの。異世界やらなんやらに巻き込まれてとか、はたまた嫌われて追い出されてとか……俺にはまったく無縁なものだけれども。
 自分で自虐したりなんかして、一通り落ち着いたところでベットから起き上がって周りを見渡してみる。―うむ、やっぱり知らないところだ。一人で頷く。まず、俺の部屋だったらあるはずのパソコンがない。ありえない。由々しき事態だ。いや、まず俺の家じゃないから特に問題はないのだが。次、生活用品が少ない。しかもざっと見たところ必要最低限しかないんじゃないか、これ?どうやらここに住んでいる人物は生活能力が低いらしい、それか家に帰ることが少ない人間だ。世に言うワーカーホリック、仕事中毒の人種。
 ―さて、一通りの状況把握は済んだことだし、もうそろそろベットから降りようか。

「―ん?」

 愛しのベットと別れを告げ、リビングらしき場所へと出ると、食卓の上に1枚のメモがあった。仕事にでも出かけたであろう家主が、俺が目を覚ましたときのためにでも置いていったんだろうか。ぺらりとメモを捲る。

シンタローへ。

これだけしかできないことを許せ。
いいか、もうなんとなく状況は掴めているかもしれんが、お前の身に起こった事をここに書いておく。
まず、お前たちのおかげでカゲロウデイズは終焉を迎えた。これは変わりようもない事実だ。だが、お前だけが何かの現象(おそらくカゲロウデイズの残滓じゃろう)に巻き込まれた。そこはお前たちの言うところの〔異世界〕というやつだ。我の力を使って、お前の近くに住む奴等の記憶を改変し、お前が暮らせる家は作れたが、それだけしかできんかった。本当にすまない。
とは言っても、金ならちゃんと用意しておいた。金銭面では何も心配はいらぬ。安心しろ。
我の方からも、お前がこちらの世界に戻れる方法を探してみる。すまないが、しばらくはそっちで暮らしてくれ。

最後に。

どうやらお前と一緒に誰かが着いていったようだ。メカクシ団の奴らではないことはわかってるのだが……どうか、一緒にいてやってくれ。

                                      アザミ。

「―まじか…」 てことはあれか、ここはアザミの用意した俺の家ってことか。思わず眉間を揉む。前途多難だ。だってあれだろ?おそらく俺の自室になるだろうあそこには電子機器がなかったじゃないか。てことは俺はパソコンを使えないわけで…

「―はぁ、」

 もうため息しかでない。あ、でも金の心配がないってことは、外に出て買ってくれば…

「無理だ…」

 外の地理を把握していないから、道を彷徨って病院行きになる確率が高い。あの時はエネがナビゲートしてくれていたから迷わずに済んだけど、今エネはいない。それどころかいたとしても、エネが入る電子機器がない。本末転倒とはまさにこのことだ。

『大丈夫だよ、主。』
「ふぅぇあっ!?」

 ―思わず変な声出しちまった…うん、忘れよう。いきなり話しかけてきたのが悪いんだ。自分に言い訳をしながらリビングを出る。
 頭に直接響いたアヤノに似た声。でも、アヤノより落ち着きがあり、賢さを感じさせる。もしここにアヤノがいたら、「馬鹿にしてるでしょ!」なんて言って怒りそうだ。さらにぽかぽかと殴られるだろう、きっとまったく痛くないのだ。そんな光景が、容易に想像できてしまい、くすりと笑う。

『何を笑ってるんだい。主のことだから、大方想像はつくけれど。』
「うるせぇ。」

 軽いやり取りを交わしながら、家の捜索は続く。心なしか、足取りも軽くなる。どうやら、自分が思っていたよりも寂しさを感じていたらしい。

「―そういえば、アザミが言ってた付いて来たものって、お前のことでいいのか?」
『―いや、もう一人いるようだよ。正確には一匹の方がいいかな。』
「はぁ?」

 焼き付けるは分かる。だが、他に誰がいるんだ?メカクシ団は全員あちらにいるはずだし、自我を持つ蛇なんてこいつ位しかいないだろう。

「――まさか……冴える、か?」
『嫌だなぁ、冴えるはもういないじゃないか。そのおかしいくらい常軌を逸脱した頭脳はお飾りかい?』
「うっせ。…でも、なら誰が……?」


「『――……シンタロー。』」

 声と共に抱き留められる。誰だ?後ろを振り向こうとしたが案外この腕の主は力が強く、セロリよりも弱い俺はぴくりとも動けなかった。情けない。

「−って、痛い痛い痛い痛い!ちょっ、力緩めてくれ!折れる!!」
「『あっ、ごめん。』」

 俺のヘルプを聞いてぱっと腕を放してくれた誰かさんに感謝しつつ後ろに振り向く。おい、情けないとかいうなよ自分でもわかってるから。

「−−俺……?」
「『−ん?なんだよ、シンタロー。』」

 振り向くと黒いパーカーを着た俺がいました。俺の名前を呟いてふにゃりと笑っています。なんだろう、これ。もしかしなくてもドッペルゲンガー?いや、でも生き別れの双子の可能性も、なんて考えたりして。なんだろうこれ、現実なんだよな?いや、もしかしてこれ、安っぽいRPGだったりしない?それはそれで俺が主人公になるな。現実逃避?なにそれおいしいの?なぁんて、…うわぁはははは!!…………………笑えねぇ。
 はぁと大きく息を吐き、眉間に寄ったしわを解そうとする。どうせ無駄だろうけど。

「うぉっ、」

 一心不乱にむにむにしていると、また後ろからオレが抱きつく。いい加減止めてくんねぇかなぁ。肋骨辺りに衝撃が来て、思わず咳き込んだ。

「『あっ…ごめん。』」

 オレが謝った。顔を見なくてもしょぼんとしているのが容易に想像できる声音に笑いそうになる。どうやらオレは、某黒子青春漫画のように表情がないと評された俺と違って表情が豊かなようだ。
 少ししてからちらりと後ろを振り向くと、ぷるぷると震えて涙目になっているオレがいた。…小型犬みたいだとか思うのは気のせいだろうか。ひとつため息をつく。とたんぴくりとオレの腕が震える。別に怒ってはないんだけどな。

「−なぁ、」
「『な、なんだ、シンタロー?』」

相も変わらずびくびくと震えているオレの身体を抱き返し、一言。

「―大丈夫だ。ここには、お前の敵はいない。」
「『―っあ、』」

 優しく背中を擦る。やがて、俺の肩辺りはしっとり濡れだした。段々と気持ち悪い感触になっていく肩を放置して、オレの背中を擦り続ける。…なんとなく、だが、こいつは過去のオレなんじゃないかと思う。「その無駄にいい頭、もしかしてお飾りなんですかご主人?」なんて脳内エネがセルフ罵倒をしてきたが俺はめげないぞ!……これ、末期じゃね?
 まあ、それはともかくとして。根拠ならある。まず、黒パーカー。これは俺が昔、引きこもっていた時期に着ていたものだ。間違いない。次に、精神が不安定なところ。喜怒哀楽が激しく、情緒不安定だと考えられる。その証拠に今もこうして俺に縋ってくる。おそらくだが、今のこいつにとって俺はライナスの毛布のようなものなんだろう。握り締めていないと落ち着かない。なくなったら暴れだす。多分そんな感じ。ある種の依存だ。
 ……少し弱いか?なら、こいつに直接訊けばいい。仮説が正しければ答えてくれるはずだし。

「―落ち着いたか?」
「『―ん、』」

 大丈夫だというようにオレが俺の首元に顔を擦り付ける。さらさらとした髪があたって少しくすぐったい。

「―ふはっ、くすぐったいって」
「『―うん』」

 一通りじゃれあって多少息が乱れた頃。無言で抱き合った状態を崩して向き合う。なんとなく居た堪れなくて壁にかかっていた壁時計を見る。…4時30分。抱き合った状態がおよそ2時間続いていたことに気づき、愕然とした。そりゃあ身体もだるくなるはずだ。続いて肩に目をやると、びしょびしょだったはずのその部分は乾いている。…当たり前か。

「あのさ、」
「『―うん、なあに?』」
「お前は、何者?」

 俺がそう言うと、オレはすい、と虚空に手を翳した。なんとなく、俺はオレの手に同じように触れる。

「『オレは、お前だよ。腐って、祈って、縋って。過去の重石を背負って潰れて死んでしまった、俺だ。』」
「ああ、」

 ―思い出す。
 からからと焼き付けた記憶のフィルムが逆に回る。…確か、あれは1635892回目のループのことだったはずだ。エネを殺して、俺を殺して、さよならしようとした彼女の笑顔に縋りついていた、
そんな、回。……そうだ、そういえばあの教室には赤いジャージを着た、もう1人の俺がいたはずだ。…と、なると、あれが今の俺だったのか。

「『―思い出したか?』」
「――ああ。はっきりと」
「『ならいい。』」

 ふっとオレが笑い、繋いだ手を離した。……そういえば、オレのこと、なんて呼べばいいんだ…?流石にオレとかこいつだけじゃだめだろうし…

「―なぁ、」
「『ん?』」
「俺は、お前のことをなんて呼べばいいんだ?」
「『あー…そうだな……シンとでも呼んでくれ。シンタローはシンタローのままでいいだろ?』」
「ああ、わかった。シン、だな」

 なんとなく達成感。その勢いのまま、シンと握手してみたりして。…あ、そういえば。焼き付ける、随分前から喋ってない…というか、いる気配がしなかったんだけど、どうしたんだ?焼き付けるも俺の妄想だったのか??いやいやいや、流石にそれはないって…

『ちゃんといるよ?』
「うぉあっっ!!??」
「『どーしたんだよ、シンタロー?』」

 ―ちょっといきなりすぎてびっくりしただけだし?別にそこまで驚いてなくもなかったりしなくもなくもないし!!!??……うん、忘れよう!!あれなんかデジャブ?
 それはさておき。どうやらシンには焼き付けるの声が聞こえていないらしい。なんでだ?…ああ、もしかして脳に直接語りかけている状態だからか。自己解決。でも、だとすると焼き付けるは範囲設定をすることが可能なのか。例えるならチューナーやチャンネルが妥当だな。多分ラジオみたいな感じなんだろう。―いや、知ったところでなんの意味もないけど。

『ひどいなぁ。もうちょっと僕にも興味を持ってくれたっていいじゃない?』

 ああもう、五月蝿いなあ。なんか眠くなってきたし。…うん。寝よう。とりあえず、今日はさっさと寝て、明日また話すことにしよう。幸い、時間はたっぷりあるんだし。

「―寝る。」
「『あ、おう、わかった。お休み、シンタロー』」
「―ん。お休み、シン」



『寝るのかい、主。―まぁ、別にいいけどね。……お休み』





***02 END





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