Side:弘夢 01 [ 35/50 ]


ひおり宅、CATHARSISお借りしてます。



 それは、寒い冬の日だった。
 前日は全国的にも厳しい寒さに襲われ、場所によっては雪も降っていたらしい。そんな中、弘夢はようやっと数日間かかっていた討伐団の任務を終えて帰宅し、ゆっくりと体を休めた次の日の出来事だった。
 その日は数日間気を張っての仕事だったからか昼過ぎまで寝てしまい、ようやく布団を抜け出したのは時計の短針が三の数字を過ぎたあたりだった。
 暖かい布団の中から、暖房もついていない、そこまで高くもないアパートの一室に出た事による寒気に身を震わせながら、冷蔵庫から茶を取り出してコップに注ぐ事もせずに、残り少ないそれを飲み干す。
 ついでに夕飯を作る食材が冷蔵庫にあるのを確認し、さて残りの短い休日をどう過ごそうかと思案した時だ。
 弘夢の携帯に着信が届き、軽快なメロディを奏でる。
 発信元を大して確認しないままに、弘夢は携帯の画面に指を滑らせると、そのまま耳に当てた。

「もしもーし?弘夢だけどー」

 そこで聞いた言葉に、弘夢は頭が真っ白になった。
 ただ、自分の中にぽっかりと穴が空いたような感覚だけが全身を襲っていた。
 発信元の人間は、声を震わせながら弘夢にそれほどの衝撃を与える程の事実を伝えたのだった。
 天道聖璃が死んだ。
 話によると、子供を庇って魔物に食い殺されたとの事だった。
 後から来た人間が慌てて手当てを施したが間に合わず、そのまま息を引き取ったらしい。

「な、んだよ……それ……」

 電話を切り、携帯を握り締める弘夢の手がぶるぶると震え、携帯の画面にはぽつぽつと雫がこぼれ落ちる。
 天道聖璃。
 現在、討伐団員として働いている弘夢の、学院時代の親友だ。
 ひょんな事から知り合い、貴族の息子であるという彼に様々な庶民的な事を教えたのは、ほかでもない弘夢だった。
 学院を卒業すれば討伐団に入る資格を得る事ができる。だが、得る事ができる、という通り卒業した後は自分の進路を選ぶ事が可能だ。
 弘夢こそ討伐団員になったが、親友である聖璃は討伐団には入らず、実家である天道家の当主として頑張っている、という話を聖璃自身から聞いていた。

「だって……聖璃、討伐団、員、じゃねえ、のに……ッ!」

 聖璃が、魔物から子供を庇って死んだ、という事実が、弘夢には悔やんでも悔やみきれない程悔しかった。
 一般人を危険に晒す魔物を倒すための討伐団。そして弘夢自身、その討伐団の一員であるだけに。
 どうしようもない事実だけが弘夢の背中に重く重くのしかかり、未だに手放す事ができずにいる携帯を握り締める力が強くなる。
 画面に落ちた涙が画面を伝い、重力に従って下に落ちていく。
 ただ、弘夢の嗚咽だけが、一人暮らしのアパートの部屋を満たしていた。




 どれほどそうしていただろうか。弘夢がはっと目を覚ますと、そこはまた自分の布団の上だった。
 どうやらあの後、泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。

「……かっこわり」

 一人呟いて、起き上がる。壁にかけている時計をちらりと見ると、もう六時を回っていた。
 かといえ、最近は随分日が落ちるのも早くなってきた。外では太陽が沈み、暗くなりはじめている。
 その様子を一人見て弘夢はふと寂しさが自分を満たしている事に気付いた。
 というのも仕方ないな、と弘夢は一人片付けていた。
 何せ学院で日々を過ごしていたチームメイトの一人、エメライン・コリンナ・メイスン──彼女もまた一人の貴族であり、メイスン家の次期当主で、次期当主になる前に最後のワガママと称して日本の学院に来たのだと、いつだかに話していた──も三年前に卒業し、今は実家に帰っている。
 更に、残る二人のチームメイトは偶然か運命か、エメラインのお付きとメイスン家の使用人であったがために、その二人もエメラインの後を追ったからだ。
 討伐団に入ったのは弘夢だけだった為、弘夢は固定でチームを組む事もなく、即席のチームだったり、既に出来ているチームに一時的に混ぜてもらったりして仕事をしていた。
 学院時代に気が知れていたメンバーがいないというのは少しつまらなかったが、弘夢自身の性分から気にしてもしょうがないと開き直っていた面もある。
 親しい人がそうやって外国に帰っている中、同じくらい親しかった人で、且つ日本にいるのは唯一聖璃だけだった。
 その聖璃も死んでしまった今、弘夢にとって親しい人が誰も近くにいないが故の寂しさなのだろう。

「墓参り、行きたいな」

 せめて花でも供えたい。
 今日が終わった後はまたしばらく色々な任務が入っている。どうせやる事もないからと入れたのは自分なのだが、あまり後悔などした事のない弘夢でもこればっかりは後悔した。

「……あんまうじうじしてもしょうがないな!腹減ったし飯だ飯!」

 わざと一人で大きい声を出して無理矢理気を紛らわせて冷蔵庫を開けようとするも、この気分ではきっとしっかりと自炊する気にもなれないかもしれない。
 直感でそう感じた弘夢は冷蔵庫のドアに伸ばしかけた手をふと止めると、くるりと反転してベッドの上に放り投げられた財布へと手を伸ばした。
 やっぱりここはラーメンで行こう!




 冷たい風に加えて、しんしんと雪が降っている。
 弘夢は暖房の効いた心地の良い電車から降りると、一人その冷たい風にぶるりと体を震わせた。
 その手には花束が握られている。
 今日、公島弘夢は天道聖璃への墓参りに来ていた。

「……遠くに行っちゃったんだな、ほんとに」

 一人、墓石を見上げながら弘夢はぽつりと呟いた。持ってきていた花を供え、手を合わせて目を閉じる。
 目を閉じれば、しばらく会っていなくとも、聖璃の笑顔は容易に想像することができた。思えば、聖璃はいつも、誰に対しても優しく微笑みかけていた気がする。
 目を開け、改めて墓石を見る。

「そうだ聖璃聞いた?聖璃の代わりに紫魔が頑張ってんだって!……つってもまぁ、聖璃ならきっと見てるよな」

 昔に比べたら大人びた顔、しっかりとと筋肉のついた体で、それでも学院にいた時と変わらない笑顔で弘夢は話し始めた。
 きっと彼ならどんなに他愛の無いくだらない話でも、笑って聞いてくれるのだろうと思いながら。

「俺さ、聖璃が死んだって聞いて、すっげー悔しかったんだ。俺何で討伐団やってんだろ、何で聖璃死んじゃうんだよって。めっちゃくちゃ考えた」

 でも、今になって。改めてこうして聖璃と向き会うと思う。

「でもそれってシツレイだよな、聖璃に」

 子供を庇って死んだ。それはとても彼らしいと、弘夢はそう思っていた。

「俺、聖璃のそういう所素直にすげーって思う。だって、自分の事どうでもいいって知らない人も助けるんだぜ?すげー事なんだよきっと。それって」

 聖璃は慈愛に満ちた人間だった。例え誰が相手でも、笑って受け入れる。そういう人間だった。
 馬鹿だアホだとか考え無しだとか、気にしてないものの色々と馬鹿にされてきた自分、弘夢の事もそんな事は一言も言わず、ただ笑って、話を聞いてくれていた。
 同じ日々を過ごしてくれていた。
 ふと墓に供えた花を見て、そういえば聖璃が病院に入院していた時も花を持って行ったな、とふと思い出す。
 あの時は一晩中紫魔の言う通り、聖璃の事見てたんだっけ。

「だから俺、聖璃のためにも頑張るな!もうこんな事が起きない様に!」

 聖璃に向けて宣言すると、弘夢はにっ!と八重歯を見せて笑った。
 これが考える事が苦手な弘夢なりに出した結論と、決意だった。
 いつまでもうじうじしていてもしょうがない、でも割り切れない事もある。それでも後ろを向き続けていたらきっと、聖璃はそれを良しとはしてくれないだろう。

「俺は、聖璃に笑っていてほしいんだ」

 記憶の中にいる聖璃と同じように。
 言いに来た事を全て言い、満足した弘夢は鼻を鳴らすと踵を返す。
 雪が静かに降り続ける中、供えた花が風に揺れた。

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