「目蓋の裏」 07 [ 30/50 ]


 隻眼のライガ種を討伐してから半年以上の月日が経った。
 琉生が倒れた後、琉生はアルバートに運ばれ、四人揃ってホテルへと帰還。その後の報告やらの対応は琉生が眠っている間に三人が行っていたことによって、琉生が目覚める頃にはすべて終わっていた。
 見慣れないホテルの部屋で目覚めると、琉生のベッドの横にはいつから居たのかライランズが座っていた。

「先生」
「お疲れ様、イツミ」

 優しく笑いながら、琉生の頭を撫でるライランズの手は琉生によって心地の良いものだったが、琉生とてもう二十六歳だ。少し恥ずかしくなりながらもその優しい手つきに昔を思い出していると、ライランズの手が琉生の頭から離れた。

「これで君が報われることを祈っているよ」
「俺こそ、ありがとうございました」

 かつての教え子を慈しむ目で見るライランズに琉生が深々と頭を下げる。琉生が顔を上げてから、部屋を見渡した事によって琉生はライランズ以外の人物がこの部屋にいる事をようやく認識した。

「お疲れさん」
「ダレル」

 それは学院時代の友人だった。留学先の日本で出会い、そこから意気投合したのをよく覚えている。
 ダレル・オルーダ。何期生かまでは覚えていないが、卒業した後は討伐団に入団。その後、魔物の調査の依頼を基本として受けており、各国を飛びまわっている人物だ。

「あ、じゃあ今回のライガ種を調査した団員って」
「そう、俺。資料見て気付かなかったか?」
「それどころじゃなかったっての」

 琉生が苦笑し、琉生の反応にダレルも小さく笑うと、ダレルは座っていた椅子から腰を上げた。

「それじゃ、お前が元気なのも確認した事だし俺は次の任務へ行くとするよ。まだまだやる事は山盛りなんでな」
「次は何処に?」
「次はイタリアだ」

 次の国に行くのが楽しみである事が琉生にも伝わるような活き活きとした表情をしながら話すダレルが、次の目的地を告げるとニッと笑った。
 どうやら結婚して子を持っても旅好きな根本は変わらないらしい。そんなダレルに琉生は笑みを零す。

「たまには女房さんとこ帰ってやれよ?」
「言われなくても」

 琉生が言い、ダレルは当然と言いたげに返し、部屋のドアへと歩みを進める。と、ダレルはドアの前に立ち、ドアノブを掴んだところで一度動きを止めた。

「なあ琉生、帰る場所があるってのは案外いいもんだぜ」
「お前まで惚気かよ。俺の周りはこんなんばっかか?」

 惚気という単語を自分で出して、琉生は一人の人物を脳内に浮かべていた。自分の先生としての後輩ではあるが、今では一人の親友のように接している香折を思い出しながら茶化すように言う。
 琉生の言葉をダレルは鼻で笑った。

「惚気結構。今の俺は俺だけのもんじゃないからな。……お前も、帰る場所。作ってみてもいいんじゃないか?」

 ここまで言われて、ようやっと琉生はダレルはダレルなりに琉生の心配をしていた事に気付いた。なんだか周りに心配されてばかりで少しこそばゆい。

「おう、考えとく」

 琉生の返答にダレルはどうやら満足したようだった。それじゃ、と一言言い残すと、今度こそ掴んでいたドアノブをひねり、ダレルは部屋から姿を消した。
 ダレルがいなくなり、ぱたんと無機質な音を立てて閉じられたドアを琉生が眺めていると、座って一部始終を眺めていたライランズも腰を上げる。

「それじゃあ私もお暇するよ、イツミ」
「はい、色々とありがとうございました」
「それはこちらの台詞でもあるからね。君に幸運があらんことを」

 最後に笑って部屋を後にしたライランズの表情はどこか安心そうで、その表情に、ライランズにも心配をかけていた事を申し訳なく思った。
 その出来事も今や半年以上前である事に、月日の流れの早さを感じ苦笑する。
 琉生がライガ種を討伐したのが夏。そして現在は既に年も明け、春になっていた。
 周りの花々が咲き乱れるのを見る中、琉生は今日、学院が春休みである事を利用してとある場所へと足を運んでいた。

「久しぶりだな、ルシア」

 物言わぬ一つの墓石の前で琉生がそう呟き、持ってきていた花を置くと、地面に腰掛ける。
 琉生がやってきたのは、想い人であるルシア・オズバーンの墓参りであった。

「冬の間に来ようと思ったんだけどさ。こっちの学院が色々バタついてて、結局こんな時期になっちまったよ」

 悪いな、と小さく謝罪して、墓石に書いてある名前を眺める。

「色々問題の多い年だったもんでな」

 どれだけ語りかけようとも墓石は何も言わない。当たり前だ。彼女は既にこの石の下で永遠の眠りについているのだから。

「まあなんてーんだ、昔の俺みたいに無茶する奴らばっかりでさ、そんな生徒達に囲まれてさ、できる事なら、お前の横で見たかったよ」

 自嘲するように笑いながら、琉生は目を閉じ、自分が先生として通っている学院の話を始めた。
 やれ去年時点の四年目がひどい問題児である事。五年目も中々だったが四年目はやたら暴れる奴が多い気がする事。
 去年一年は春から冬まで色々と問題ごとが起きてバタついていた、自分達も大変だった事。
 そのほかにも琉生が日本の学院の先生になり、どんな事が起きたか、というのを琉生は覚えている限り事細かに語った。
 本来、日本の学院の教師になりたがっていたのはルシアだった。

「お前の意志を継いだつもりだったんだけど、何だか色々生徒に助けられた気分もあってさ」

 大変だけど、嫌いじゃない。
 そう呟いた琉生の顔は、笑っているのに今にも泣きそうな表情だった。
 琉生は語りたい事も語りつくしたのか、地面に手を付き、立ち上がる。

「いい加減俺もけじめつけようと思ってさ、ようやっと、目を背けずに来れると思った」

 ルシアの死を琉生はずっと認められずにいた。十一年という長い年月を経て、琉生はようやっと今この場に立っている。
 あの日、言えなかった言葉を今日ここで告げるために。

「思い出は全部持っていくけど、この気持ちはここに置いていかせてくれよ」

 琉生はそう呟くと、ポケットに入れてきた小さな黄色い宝石のついたイヤリングと、首にかけていた二つのリングが通っているネックレスを外し、墓石に置いた。

「俺は、貴方を。ルシア・オズバーンを愛していました」

 風が吹いている。琉生の髪とスーツを弄ぶそれが、琉生にとってはどこか気持ち良かった。
 琉生がその風にしばらく身を任せ、墓石に背を向けた時だ。

「琉生」

 声が聞こえた気がした。
 それに驚いて目を見開き、ルシアの墓石を振り返る。
 そこには、目蓋の裏から消える事のなかった、あの時の姿そのままのルシアが立っていた。
 何も言葉を発することもできない琉生を眺める彼女は、小さく笑う。

「私も……」

 そこまで言うと、彼女ははっと思いついたような顔をして、首を横に振る。

「いってらっしゃい」

 そう言って笑う彼女は、もう涙は流していない。
 琉生は、自分の目頭が熱くなると同時に、自分の視界がぼやける事に気付いて、右手で両目を覆うと空を仰いだ。

「……ああ、何だよクソッ。とっくに枯れたもんだと思ってたのによ」

 左目から溢れ出すものは止まらない。やがてそれはその場に留まりきれず、琉生の頬を伝い落ちていった。

「枯れたどころか、止まらねえじゃん。コレ」

 風がすべてを運んでいく。
 例えそれが、正午の強い光が見せた幻でも。自分が勝手に生み出した末の幻聴だとしても。

「ありがとう、ルーシャ。行ってくる」

 どうか、真実であればいい。
 涙を右手で乱雑に拭うと、琉生はまた前を向きなおして、歩き出した。
 最後にちらりとルシアの墓石を見ると、前に佇んで笑いながらこちらに手を振る彼女が見えた気がした。
 それに何か返事をするわけでも、こちらも同じように手を振るわけでもなく、また視線を元に戻す。
 もう、目蓋の裏に涙を流す彼女はいない。




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