「目蓋の裏」 04 [ 27/50 ]


「久しぶりだねイツミ。元気にしていたかな」
「お久しぶりですライランズ先生。先生こそ」
「そう言われてみると今は君も先生だったね、イツミ先生?」
「茶化さないでくださいよ、まだまだひよっこです」

 一週間後、琉生達元チームItsumiである四人は日本を経ち、アメリカに到着した。
 六年前に比べ、色々と変わった町並みを通りながら、学院に到着すると、ライランズは四人を暖かく迎えてくれた。
 握手とハグを交わす琉生とライランズに続き、アルバート、ルチルダ、ニコラス、と挨拶を済ませると、ライランズは四人を応接室へと案内した。

「この度は忙しい中依頼を受けてくれてありがとう、それでは仕事の話をしようか」

 ライランズがコーヒーを淹れ、四人の前に置くと、自身も座り、今回の依頼の資料の束を四人の前に置いた。

「討伐対象はそこに書かれている通りでね、ライガ種だ」

 琉生が資料を受け取り、それぞれの個体についての情報が載っているその資料をぱらぱらとめくる。

「場所は覚えているか分からないけどね、十年前の定期試験を行った森の中さ。その中にある空間で、ライガ種の群れが目撃されている」

 ライランズの話を聞いて、琉生の脳裏には十年前のルシアの事件が過ぎっていた。
 ライランズの言っているとある空間というのもそれだろう。
 ……と、それまである程度のスピードを保って資料をめくっていた琉生の手が、あるページで止まった。

「そして、十年前君の右目を奪った『隻眼のライガ種』も目撃されている」

 忘れもしない、忘れる事などできるわけがない、自身の右目と心に傷を負わせた魔物が、そこにいた。
 隻眼のライガ種。
 十年前にルシアの命を奪った魔物。そして、先程も言った通り琉生の右目の光を奪い、心に深い爪跡を残した魔物でもある。
 琉生がこのライガ種に敗れ、討伐団員に回収された後、何度も討伐団員がこのライガ種を討伐しに森を訪れたが、滅多に姿を現さず、尚且つ現れたとしても生きる事を優先として、自身の命に危険が及ぶとあっさりと撤退する。
 やがて中々討伐されないことから強力な個体と認識され、こういった通り名が付けられたのが、八年前の話だった。
 資料を持つ手が小刻みに震えている事に気付いた琉生は資料をめくっていた手を、資料を持っている手に添える。震えは止まらない。
 まだ生きていたのか。
 最初に感じたものはそれだった。十年前に自分と遭遇した魔物。その後も討伐団が探し続けていたと聞いている。
 まさか、十年間も討伐団にも人目にも見つからず、生きていたとは思いもしなかった。
 そこで、琉生はライランズから久々に、何のきっかけもなく連絡が来た事。
 そして、アルバートがやけに乗り気で琉生を此処、アメリカに連れてこようとした意味をようやく理解した。
 弾かれた様に顔を上げ、十年前から大分老いた自身の恩師でもあるライランズの青い目を見る。

「ライランズ先生、もしかして貴方は」

 琉生がそこまで言うと、ライランズは自身の淹れたコーヒーに手を付け、一口啜ると、うなずいた。

「出すぎた真似かとは思ったんだがね、その隻眼のライガ種。どれだけ討伐団員が赴いても姿を現さないらしいんだ」

 その話は琉生自身がまだ学院の生徒であった時に聞いた事があった。そもそも中々表に出てこない上にまるで隠れるように棲み処を変えているらしいと。

「そして、やがて姿を現しても、まるで誰かを探すようにその場にいる討伐団員の顔を眺め、目的の人物がいないとでも言うかのように自身の命に危険が及ぶと撤退する、と報告されている」

 最後の部分は聞いた事はあれど、誰かを探している様という部分は、琉生は聞いた事がなかった。
 心臓が早鐘を打ち始める。
 その話が本当だとすると、それではまるで──

「私はね、イツミ。隻眼のライガ種は君を探しているんだと思っている」

 ──俺を探しているようじゃないか。
 ライランズと琉生の考えが一致していた事に、琉生が改めて資料に視線を落とす。
 そこには資料の画質の関係であまり細かく見えるわけではないが、十年前よりも傷が増えたように感じる隻眼のライガ種がいた。

「俺も……俺も、そう思います」
「そうかね、君ならそう言ってくれると思っていたよ。諜報役である討伐団員によると、数日前から君が見つけられた空間から動く気配がないらしい。だが、またいつ行動を始めるか分からない……出来る事なら、今日から動いて欲しいと思っているのだが、大丈夫かな?」

 ライランズの声に、琉生以外の三人が頷く。そして、三人は琉生へと視線を向けた。
 三人の視線を浴びながら、琉生は一度目を閉じる。
 心臓はまだ早鐘を打っている。何より、以前とは違う昂揚感が琉生の中に表れ始めていた。

「分かりました、大丈夫です」

 顔を上げ、ライランズの目を見据え、笑いながら琉生が了承の旨を伝えると、ライランズもまた口角を上げ、よろしい!と答えたのであった。
 そのまま応接室に荷物を置いた四人は、校門までライランズに見送られると、ライランズに手を振りながら学院を後にした。
 荷物はライランズが責任を持ってホテルへ運んでくれる、との事だったので任せても大丈夫だろう。
 学院から少し離れたところにある森へ、歩を進めながら琉生が空を仰ぎ見る。
 ここ数日晴れていたというのに、本日の天気は今にも振り出しそうな曇天だ。
 雷を扱うライガ種を相手するにあたって、最も不安定な討伐環境だな、と琉生は思った。

「そういえば、お前全部分かって俺を此処に連れてきただろ」
「当たり前だ」
「まさかこんなに無理やり連れて来られるとは思ってなかったけどな」

 前を歩くアルバートの背中を眺めながら、琉生が苦笑いをする。アルバートはちらりと琉生の方を見ると、すぐに視線を戻した。

「お前が毎年めんどくせえからな。丁度いいと思っただけだ」

 こちらを見ずに言われた言葉に、思わず照れ臭くなって鼻で笑って誤魔化した。
 なんだかんだで面倒見がいいアルバートは、琉生の事を心配してくれているのだ。
 その様子を見たルチルダとニコラスがくすりと笑うのを聞きながら、同時に心配をかけさせてしまっている事に申し訳なく思った。
 今回隻眼のライガ種に会える事も、また会って、隻眼のライガ種を倒せたところで自分の気持ちのけじめが付くことが確定ではないことも、琉生は申し訳なく考えながら。
 数年間燻り続けているものが、消えるかどうかも分からない。
 かと言って動かないのも、それはそれで駄目か。と一人解決すると、足を動かし続ける。
 やがて、目的の場所についた。

「いやぁ、こう見てる限りは何も変わらないな」
「懐かしいわね、思えば随分と経ったものだわ」
「本当にねぇ」
「じゃ、とっとと行きますか」

 入り口で聳え立つ木々を眺め、それぞれが思い思いの事を呟きながら、それぞれが気を引き締め森に入る。

「琉生、道は覚えてるか?」
「んー、まあ多分。俺が前に出るよ」

 アルバートに問われ、琉生が前に出る。
 昔通った獣道がなかったり、新しい獣道ができていたりするのを横目に、頭では考えず感覚だけに従って前に歩く。

「静かだな」
「ええ、小物の魔物の気配がない」
「普段ならこの辺に来ると襲い掛かられたりするものだけどねぇ」
「つまり大型の魔物が牛耳ってるって事だろ」

 やがて、大きな獣道が姿を現した。地面には大きめの足跡もついている事を発見した琉生が歩みを止め、しゃがみこんでその足跡に触れる。

「大きさ、爪の跡、形……」
「間違いねえな」

 自分の持つ情報と比べて判断したところ、これはライガ種の足跡で間違いないだろう。
 足跡の向いている方向を見ると、大きな獣道も足跡と同じように続いていた。

「……行こう」

 三人を促して、またも琉生を戦闘に、木々を掻き分けて奥へ、奥へと歩みを進めて行く。
 そうしてやがて、懐かしい空間に出た。

「ここか?」
「ここだな」

 呟いたアルバートに、琉生が答えを返す。
 昼下がりの太陽が上から照らし、なんとも綺麗な情景を生み出す中、じわり、じわりとその場の殺気が濃くなっていく。
 三人が警戒をしながら様子を見ているところに、琉生が自然な足取りで一歩踏み出し、空間の真ん中へと赴く。
 三人は変わらず周りを警戒しながらも琉生に着いて行き、四人全員が真ん中に集まった時だった。

「お出ましか」

 琉生が薄く笑いながら、正面の森林へと目を向ける。すると、琉生の右方、左方、後方から一体ずつ魔物のライガ種が姿を現した。
 が、その中に隻眼のライガ種は見受けられない。
 三体のライガ種がじわじわと臨戦体勢を取りながら、四人と距離を詰めていると、細い木々が倒れるような音と共に、ひときわ大きなライガ種が現れた。
 そのライガ種の右目には、大きな傷と小さな傷が一本ずつ、深々と刻まれている。隻眼のライガ種だ。

「隻眼は俺がやる。後は頼んだ」
「了解」
「手間取る様なら手柄は貰うからな」
「気を付けてね、琉生」
「ああ、ありがとうニコ。それじゃあ、任務を始めようか」




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