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 演習当日。集合場所は、いつも特訓に使っている学院の裏にある森に続く学院裏の校門、通称北門で、演習は森の中にある立ち入り禁止区域である「危険区域」と呼ばれている場所で行うらしい。
 緊張と、不安と、その中に初めての実戦、と言う意味での楽しみという感情が入り混じっている透真は、やはり予定よりも早く起きてしまった。
 演習当日の朝からは流石に走りこんで体力を消耗する気にもなれず、素直に食堂にやってくると、楽しみという感情は共有できないものの、透真と同じく当日には早く起きてしまう観月も丁度やってきたところだった。
 そこからある程度適当に時間を潰してから、開始前の集合場所である北門前にやってくると、集合時間より少し早いとはいえ、既にそれなりの人数が集まってきていた。
 集まっている人の中には学年別授業でも年齢別授業でも見た事のない顔もちらほらといるが、実践演習は基本的に一年目と二年目が、三年目と四年目のチームがそれぞれペアとなり、一つの合同チームとして動く事になる。見覚えのない人がいるのは、この場に在学二年目の人もいるからだ。
 現在の時刻を確認すると丁度午前九時の手前あたりだった。集合時間は九時半、実践演習の開始時間は十時だから、まだ三十分以上時間はある。
 どう暇潰しをしたものか、といったところで誰かがぽんと軽く透真の肩を叩いた。

「おはよう透真くん。観月ちゃんも」
「志織」
「志織ちゃん、おはよう」

 透真の肩を叩いて挨拶をしてきた志織は、二人に緊張してる?と声をかけると小さく笑った。

「少しな」
「わあ凄い、私なんて初めての時緊張でがっちがちだったのに。もしもペアになった時はよろしくね」
「あ、そっか。チーム分けって今日発表だもんな。こちらこそ」

 右手を差し出してきた志織と握手を交わし、観月も透真と同じ様に握手をする。

「しーちゃん!全員揃ったよー、点呼取ろー!」
「あ、はーい!それじゃ、私チームの人に呼ばれてるから。またね!」

 慌ててチームメイトの元へ向かう志織に手を振り、少し離れたところでチームメイトだろう三人と合流している後姿を眺めて、一息つく。

「そういえば、今日は二年目の人達と合同なんだよね」
「そうだったな、すっかり忘れてた」
「私も……あれ沙綾ちゃんと竜斗くんじゃない?」

 観月が大きく手を振ったのを見てから振り返ると、透真と観月に気付いたのだろう、沙綾と竜斗がこちらに向かってやってきた。

「おはよう、二人共」
「おはよう沙綾ちゃん」
「全員揃ってるみたいだな。俺は先生に点呼の報告をしてくる」

 先生の元へ向かう竜斗につられて周りを見ると、気付けばかなりの人が集まっていた。時計を見ると集合時間の十分前で、ある程度丁度いい時間だと言えるだろう。
 竜斗が点呼の報告から戻ってきて、少しした所で、ガガーッ、と独特の機械音が鳴った。
 全員がそちらを向く。そこには、機械のメガホンを持った櫻井が立っていた。

「あー、全員揃ったみたいだから説明を始めるぞー。時間が勿体ないからな、準備運動なりしながら聞け」

 少し間延びした櫻井の声に従って周りが準備運動を始めるのに習い、透真も準備運動を始める。
 準備運動を始めた生徒達を一瞥すると、櫻井は説明を続けた。

「一年目の連中は今回が初めてだからな、少し細かく説明するぞー。まあ基本的なところは分かってるだろうが、一応な。今回の実践演習はそれぞれ一年目と二年目のチームで合同チームを組み、合同チームで倒した魔物の数を競ってもらう。制限時間は三時間。終了した際には合図を上げる。合図が上がった以降は魔物を倒しても点数にはならないからな、気を付けろよ。まあ初めてなんだ、一年目の連中は二年目の肩を借りるつもりで気軽にやれ。二年目はちゃんと一年目を見てやれよ」

 櫻井の言葉に、透真は、周りの一年目の生徒達の緊張が少し緩んだ気がした。
 櫻井が一度生徒をぐるりと見ると、またメガホンの音が聞こえた。ただし、と櫻井の声が続く。

「お前らの手こずりそうな魔物はあらかじめ団員の先輩が枝払いしてくれているとはいえ、魔物は魔物だ。油断はするなよ、現場の戦況は常に変わる。何が起きるか、なんて分からないからな」

 先ほどのルール説明よりも圧力のある声に、緩んだ緊張がまた張り詰めたのが分かった。
 ぴりり、と肌が訴えかける緊張に、透真も無意識に唾を飲む。

「各々、真面目に取り組むように。それじゃあチームの組み分けを発表するぞ」

 一年目から二年目、といったように組み合わさるチームが発表されていく。自分のチームではないそれらを聞き流していると、やがて竜斗率いる透真たちのチームであるチーム黒白の名が呼ばれた。

「一年目、チーム黒白」
「はい」

 呼ばれて、櫻井の元へ行く竜斗に従って、透真、観月、沙綾と後を続く。
 チーム黒白が自分の元に来た事を確認すると、櫻井は名簿に目を落とし、チーム黒白と合同チームとなる二年目のチームを呼んだ。

「二年目、チーム名決まらん」

 チーム名決まらん。心の中で復唱してから、すごいふざけた名前だな、と透真は思った。
 チーム名は基本的に申請すれば変えられるもので、中にはチームのリーダーの気分でころころ変わっているところもある、とは聞いていたために、変わったチーム名もあるとは聞いていた。
 変わったチーム名というならば、まさにこのチームだろう。
 櫻井の元にやってきたチーム名決まらんのメンバーへと目を向ける。
 ストレートの黒髪をポニーテールにした凛とした雰囲気のある、腰に刀を差した女性。
 赤いカチューシャで前髪を上げている、しっかりとした意志を持った目をしたつり目で、少し小さめの男子。
 柔らかい物腰で、優しそうな目をしている赤みがかった茶髪のボブの女性。
 そして、可愛らしい無邪気な顔つきをした、いわゆるゴスロリと言われるような白と黒を貴重としたフリフリの格好をした白髪の女の子。
 ……あれ?と透真は首を傾げた。その年によって人数が変わってくるとはいえ、基本的には学院のチームは男女二人ずつで構成される。
 女の子が三人、のチーム、とか。存在するのだろうか。
 疑問に透真が首を捻っていると、櫻井が合同のチーム発表を終えた事を告げた。

「それじゃあ演習の場所に移動するぞー、今回はチームの組み合わせはこちらから発表したが、次回からは自分達で組んでもらうからな。移動する間に各自自己紹介など済ませておくように。移動するぞー」

 先頭を歩き始める櫻井の後を追って、生徒がぞろぞろと移動を始める。
 少し歩き始めたところで、チーム名決まらんの黒髪の女性がこちらに声をかけてきた。

「……あー、まずは、そうだな。今回組ませてもらう、チーム名決まらんのリーダーの暮之宮零だ。能力は黄で、まあ雷を操るとでも言えばいいか。よろしく頼む。年齢とか在学年数とか、ややこしいから敬語も抜きで良いだろう?それで、こいつが……」

 零と名乗った女性が金髪の男を指すと、金髪の男はにっかりと笑った。

「はじめまして、斎宮路夕介ってんだ。能力は赤で、火柱上げたり炎を纏わせたりだな、よろしく!」

 夕介がちらりとボブの女性に視線をやる。と、女性は頷いて、優しく微笑んだ。

「私はレイラ。フルネームは長いから……割愛させてもらうね。能力は緑と、茶と、青。地形を操ったり、植物を操ったりって感じかな。よろしくね」
「はいはーい!ボクは大神田朝陽!ちなみに勘違いしてるだろうから教えてあげるけど、ボクは男だよ!でもって能力は赤!炎を操れるんだ、よろしくね!」

 ボブの女性であるレイラが名乗った直後に元気よく手を上げて、そう自己紹介した朝陽に、透真は思わず二度見した。
 疑問は解けたが、これもしょうがない事だと思う。
 透真が口を開きかけた時、前を歩く竜斗が先に口を開いた。

「こちらこそ、よろしく。俺はチーム黒白のリーダー、黒瀬竜斗だ。能力は青と黄。液体を操るのと電撃を飛ばす能力だ」
「俺は清白透真!能力は茶で、鉄分を集めて鉄にする能力。よろしく!」
「私は早田観月。能力は黒の、えっと、重力を操る能力、かな。よろしくお願いします」
「アタシは入江沙綾。能力は緑と紫。爪から麻痺毒を出す能力と、腕を植物に変える能力だよ、よろしく」

 全員が自己紹介を終えたところで、少しの静寂が訪れる。お互いが黙って道を進む中で、やがて夕介が口を開いた。

「一年目はこれが初めてだもんなー、どうよ、緊張してる?つってもあんまり緊張してる様に見えないけど。あ、観月ちゃんは不安そうだよな」
「えっ、あ、あの」

 さっきの少しの静寂はなんだったのか、と言いたくなるくらいにべらべらと喋り出した夕介は、やがて歩くスピードを少し落として観月の隣を歩き、手を取ると観月に対して優しく笑いかけた。
 観月はというと完全に対応に困っている。

「大丈夫だよ俺らが守るからッ!」

 どうしたものか、と透真が考え始めたところで、前を歩く零からそれはもう見事なチョップを貰い、観月の手を離した。
 手を離した、というよりかは手が離れたの方が正しいかもしれないが。

「まだ開始してないとはいえ今日は実践演習だ!あまりにもそうやって軽率な行動を取るようなら五十嵐のイグレシアスに報告させてもらうからな!」
「げっ、待って待ってレティ嬢に報告は勘弁!つーか五十嵐の前にチーム付けようぜ那智のみたいで気に入らない!」
「知るか!」

 あっという間に始まったコントのような会話に、思わず透真の肩が落ちる。

「あはは、いきなりでごめんね、観月ちゃん」
「あ、いえ、大丈夫です。びっくりしただけなので」
「夕介くんはいつでもあんな感じだから気にしないで。それはそうと、夕介くんも言ってたけど沙綾ちゃんとか、透真くんとかあんまり緊張してるようには見えないよね。なんだか竜斗くんからは余裕も感じるし」
「俺は一度解散してるもので」
「ああ、通りでどこかで見た事あると思った」

 納得したように笑うレイラに、今度はレイラの後ろを歩く朝陽が話しだす。

「じゃあ沙綾は?」
「アタシ?アタシはまぁ、家が武道家で、後継ぎなもので」
「へー!」

 沙綾の返答に感心する朝陽を見て、透真はいまいち朝陽が男、というのが信じられないでいた。
 すると、そんな透真に気付いたのか、朝陽は透真の方を見るとにっこりと愛想の良い笑顔で笑う。

「ボクはちゃんと男だよ」
「言いたい事ばれた?」
「バレバレー!普段なら勘違いされててもそのままにしとくけど、今回ばっかりはそれが原因で怪我されても困るからね!」

 悪戯っ子のようにけたけたと笑う朝陽の顔はやはり男というよりかは女の子寄りで、ついつい顔を見てしまっていると、透真の後ろを歩く観月からぺちんと手の平で視界を覆うように軽く叩かれる。

「あんまり見ても失礼でしょ透真」
「いやだって信じろっつっても難しいだろあれ!」
「確かに可愛い顔してるけど!」
「ふふーん、ありがとー」

 観月の言葉に、悪い気はしないのだろう朝陽が満足そうに笑う。

「透真くんは、特に見た感じの年齢より大分慣れてる感じがするね」

 透真と観月のやり取りを見て思ったのだろうか。
 レイラの目が透真を捉える。

「俺は父さんが討伐団員で、昔から父さんに稽古とか付けてもらってて」
「あーなるほど、学院に入る前にもう学んできたタイプなんだ」

 透真が説明すると、レイラは納得したように頷いた。そこで、ようやっと零から解放されたらしい夕介が少し歩くスピードを緩めて、後方にいる五人に合流する。

「マジで零容赦ねぇ……」
「零は真面目だからねぇ、今回は空気を読まなかった夕介くんが悪いかな」
「しょうがないだろ可愛い子がいたら声かけてこそなんだから」
「そんなんだからレティちゃんに怒られると思うんだけどなぁ」

 端から見た透真と観月のやり取りはこんな感じなんだろうか、とぼんやり透真は思う。
 レイラに対して夕介が反論しようとしたところで、危険区域の入り口に辿り着いたのだろう、前を歩いている人達が止まった。
 それに習って透真達も歩みを止めたところで、前を歩いていた櫻井の声が聞こえてきた。

「さー、お前ら気を引き締めろよ」

 櫻井のその一言で、まもなく実践演習が開始される事を全員が察したのだろう、ガヤガヤと雑談に興じていた周りが一気に静かになり、緊張が張り詰める。
 櫻井は、そんな生徒達を見ると、一つ頷いた。周りが静かな事もあり、すぅ、と櫻井が息を吸う音すらしっかりと聞こえる程だった。

「それではこれより、実践演習を開始とする!」

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