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 いつもならけたたましく鳴り続けている目覚まし時計が、起きる時刻を知らせ始めた瞬間に叩いて止める。
 ゴールデンウィークは昨日で終わり、今日は翌日に実戦演習が待ち構えている通常授業の日だった。
 実戦演習は翌日だというのに、昔から楽しみだったりする事があると寝れない子供っぽい体質なのは変わらないらしい。
 朝早くに目が覚めた透真は、大人しく時間が過ぎるのを待つ事も二度寝を決める事もできずに寮の周りを軽く走りこんできて、今はシャワーを浴びてベッドの上で寮に持ち込んだ漫画を読んで時間を潰していたところだった。
 早くに起きて準備ができているとはいえ、あまりのんびりしすぎるといつも通り観月がやってきてしまうだろう、という事を見越して、いつもより少し早いが、身支度を整え始める。
 机の上に置きっぱなしだった筆箱をリュックの中に放り込み、代わりに財布を取り出す。
 リュックは一旦椅子の上に置いて、朝食を取る為に寮の自室を出た。
 また今日も、一日が始まるのだ。

 寮の食堂は、今は早くもなく遅くもない時間という事でそれなりの賑わいを見せていた。わいわいとしている人をすり抜けて、きょろきょろと観月を探すが、どうやらまだ着いていないようだった。
 適当に二つ三つ空いている席を探せば、偶然四つ空いたテーブルを見つけたのでそこに腰かける。
 頬杖をつきながらと食堂を見渡せば知り合いと駄弁ったり、それこそ目当てである朝食を静かにとっていたりと過ごし方は様々だ。 しかし、色々と視線を動かしても特に知り合いが見つかるわけでもない。
 大人しく周囲に向けていた視線を下ろしたところで、隣の椅子を誰かが引いたのが視界に入り、無意識に顔を上げる。

「あ」

 思わず漏れてしまった声が聞こえたのか、隣の席に座ろうとしていた少年が、透真を見た。

「……あ〜、えっと……東西、だっけ?」
「……そう、だが」

 透真の隣に座ろうとしていたのは、いつだかの朝に観月に話しかけていた同じ十五歳の東西だった。
 名前は忘れたがこの際それは置いておく。
 気付かれてしまった事が気まずくて、透真が話しかけると、どうやら話しかけられるのが意外だったらしく、東西は目を丸くして返事をした。
 そのまま引いた椅子に座る東西を見届けてから、今まで気になっていた事を聞いてみようと透真は口を開く。

「そういえば、この前観月と何の話してたんだ?」
「……手合わせの、誘い。早田が、何か考えていたようなのが気になったから」
「手合わせ」

 東西がぽつりと呟くように返してきた言葉を、小さく復唱する。東西がそれに頷いたのを見て、あの朝の観月の反応にも納得がいった透真は内心なるほど、と一人つっかえていた物がすとんと落ちた感覚がしていた。
 それなら、あの朝にああやってスカートを握り締めて何か考え込むのも、ここ数日の観月の変化にも納得がいく。

「……あいつさ、戦えないんだよ」
「それは、見れば分かる。でも誰だって最初はそんなものだろ」

 思うところでもあるのか、意外と一言二言じゃなくて会話をしてくれる東西に透真は驚きつつ、透真の目を真っ直ぐ見てくる東西に、誤魔化すように笑う。

「ああ、違うんだ否定したいわけじゃなくてさ」

 これは観月にとっておせっかいかもしれない。でも、透真からしたら、これはきっと観月が考えている内容からしても、それを端から見てる透真からしても、逃してはいけないチャンスだと思った。

「良ければ、明日の実戦演習が終わったら、また誘ってやってくれねえかな」

 まさかそう言われるとは思っていなかったのか、東西が少し目を見開いた気がした。
 教室で見ている分には随分表情も変わらないつまらない奴と思っていたが、こうやってしっかりと真正面から見ていると意外とそんな事はないのかもな、と透真は思う。

「ここ数日考えて、結論は出てると思うんだよ。で、覚悟が決まるとしたら明日の実戦演習だと思う。から、頼む」

 真正面から来る奴には、俺も真正面からで返す。それが俺のやり方で、俺なりの礼儀だ。
 いつだかに父さんが言っていた言葉を思い出しながら、透真がしっかりと東西の目を見てそう言うと、東西はこくりと頷いた。

「分かった」
「ありがとな東西!」

 透真が東西にお礼を言って、手を差し出す。と、東西は少しとまどったようにしてから、透真の手を握ってくれた。
 それがなんだか嬉しくなった透真が、にっかりと笑う。
 握手を解いて、まだ観月は来ていないのかと食堂内を見渡していると、どうやら東西の知り合いである桃色の髪をした女の人は、混んでいたカウンターから朝食をようやっと受け取ってきたらしく、お待たせ碧〜と言いながら席に座っていた。
 それを見届けた東西……あお?がじゃあ行ってくるよ姉さん、と声をかけて席を立った。どうやら東西あおとやらには姉がいるらしい。それだと東西、と呼んでしまうと分かりづらいだろうか。
 カウンターに行く東西あおの背中を見てから、また食堂の入り口を見ると、観月の姿が見えて、席から立ち上がって観月に向かって手を振る。
 食堂内に透真がいるかを探していたのであろう、きょろきょろと食堂を見渡していた観月が、透真に気付くと透真に向かってひらひらと手を振った。
 それを見て、透真がまた席に着くと、観月はぱたぱたと少し焦ったように透真の元に小走りでやって来た。少し息が乱れているところを見ると走ってきたんだろうか、と透真は思う。

「ごめんね透真、寝坊しちゃって……」
「大丈夫大丈夫、こういう時の観月って遅いよなー」
「うぐっ、そう言う透真はこういう時だけ早いんだから……」

 俺待ってるから、先に飯取って来いよ、と言うと観月はごめんねーと言いながらカウンターの方へと向かって行った。ふと気になって腕時計を見ると、長針は六の文字を指していた。七時半だ。
 そんなに時間が経っていたのか、と考えていると、東西あおが戻ってきて、透真の隣であり、東西姉の隣に座る。
 それをなんとなく見てから、列に並ぶ観月の姿を探す、とさっきよりも人が少しは減ったのか、さっきが混んでいただけなのか観月は結構前の方で発見した。
 丁度次の番で朝食を受け取るらしく、ぼうっとそれを眺めていたつもりが、気付けば観月が隣に座ったのを見て思わず二度見してしまう。

「あれ、観月いつの間に」
「たった今。今丁度列少ないから透真もちゃっちゃと行ってきなさいよ」
「あ、おう。行ってくる」
「はーい」

 慌てて財布を手に取って、列の一番後ろに混じる。確かに、さっきに比べたら大分人数が少ない。と思ったら後ろに続々と並んできたのを見て、ラッキーだったな、と一人内心零す。
 そのまま順調に朝食を受け取って、観月の元に戻ると、丁度隣に座る東西姉弟が、半分ほど食べ終わってる頃合いだった。
 テーブルに朝食を置いて、透真も席につき、観月と声をそろえていただきます、と挨拶をしてからまずみそ汁に手を付けた。

「しっかし本当にこういう時は起きる時間が逆転するっつーか、夜寝れなかったのか?」
「本当にね。夜寝れないのは一緒なのに私だけ起きれないってなんだか複雑だわ」
「そうやって俺の事ちょっとけなすのやめろよ」
「けなしてませんー」

 喋りながら、透真がたくあんを口に放り込む。実家で食べているものとは買っているものが違うのだろう、なんとなく実家で食べている漬物の味が恋しくなりながら、そういえば、と観月に視線を移した。

「足の調子はどうなんだ?」
「足?あぁ、休みの間安静にしてたから、もう大丈夫。明日は問題ないわよ」
「そっか、それなら良かった」

 笑う観月の顔からは大して無理しているようにも感じないから、本当に大丈夫なんだろう。とりあえず観月が動けない心配はしなくて良さそうだ、と透真は一人ほっとする。
 そのまま他愛のない世間話をしながら、のんびり朝食をとっていると、隣から御馳走様、という声が聞こえてそっちを見やると、丁度東西あおと東西姉が朝食を食べ終えた頃らしかった。
 椅子を引いて、立ち上がる東西あおの手を透真は咄嗟に掴む。東西あおは、一度動きを止めると、ゆるりとした動きで透真を見た。

「そうだ、名前教えてくれよ。俺は清白透真!お前は?」
「……東西碧」
「碧か!ありがとう、またな!」

 掴んでいた手を離して、ひらひらとゆるく振ると、東西碧はああ、と返事をしてその場を去った。桃色の髪の人に何やら話しかけられているのを横目に、食事を再開する。

「透真、東西くんと何かあったの?」
「ん?ああ、ちょっとな!」
「ふーん」

 自分も話しかけられたからか、観月にそう聞かれ透真が適当に返せば、興味はそこまでだったのか、そう言うと観月も食事を再開して、持ち上げていたみそ汁のお椀からみそ汁をすする。

「……そういえば透真、英語の授業から宿題出てたよね、やった?」
「…………観月」
「夕飯は透真の奢りね」
「……おう」

 今月は財布に痛いな、と思いながらまだ湯気の立つ暖かい白米を箸でとって、口の中に入れる。その後に入れたたくあんの味は、やっぱりなんとなく実家が恋しくなった。


「今日の放課後は何もしない。各々連休中明日に向けて色々やってたと思うが、だからこそ今日は明日に向けて休め」
「ん、まあ妥当だね」

 放課後、授業は全て終えて、全員で集まったところで竜斗がそう言い、沙綾が返した。
 別に正論だとは思うから特に反論はしないが、なんとなくこうやって竜斗が相談もせず勝手に仕切るのは今でも透真は気に入らなかった。
 そんな透真の不満な視線が届いたのか、竜斗が一度透真に視線を向けるが、すぐについと逸らす。

「……言っておくが、実戦演習だからと言って気を抜くなよ。相手は魔物で、生きてるからな。俺らが想定しない動きをする事だってある」

 竜斗はそう続けながら、そっと胸のループタイに触れた。

「討伐団に入ってる連中が危険な魔物がいないか見周りしているとはいえ、危険がゼロなわけじゃない。それを、肝に命じておけよ」

 そう語る竜斗の目に、揺らぐ炎が見えた気がして、透真はなんとなくそれが気になった。
 が、すぐに気のせいだろうと頭の中からそれを追いやる。竜斗は、透真を見ると、すっと指を指した。
 だから、人に指向けるなって言われなかったのかよ。

「特にお前だ清白透真。調子に乗って前に突っ走り続けるような、身の丈に合わない馬鹿な真似はするなよ」
「誰がするかよ」
「どうだか」

 鼻で笑う竜斗に、透真の額に青筋が立つ。それなら勝負だ、と言おうと口を開きかけたが、それも明日全部見せ付けてやろうという考えがふと浮かんだおかげで、思いとどまった。

「俺から言いたい事はそれだけだ。それじゃあな」

 一人言いたい事を言って、いなくなる竜斗の背中を見ながら、透真は手をぐっと強く握る。

「今日も特訓するつもりだったから、なんだか釘刺された気分だな」

 沙綾が溜め息をつきながら、後頭部をガシガシと掻いて、苦笑いした。
 観月はそんな沙綾を見て、同じく苦笑いをする。

「まあでも、竜斗くんの言ってる事も正論だからね」
「そうだね、じゃあアタシも帰るとするか。二人とも、明日は頑張ろうな」

 沙綾が透真と観月の頭をわしわしと乱暴に、だけど優しく撫でて、それじゃ、と手を挙げる。

「おう、明日は竜斗の目に物見せてくれるぜ!」
「明日は私も頑張るからね!」
「あっはは、期待してる!気合入れるのは良いけど入れ過ぎには注意しろよ。じゃあな!」

 手を振る沙綾に、透真も観月も手を振って、じゃあ俺らも帰るか、と二人揃って、寮への帰り道を歩きだす。
 泣いても笑っても、初めての実戦はすぐそこまで近付いてきていた。

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