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 あの後観月は女子寮に戻ってきて、自分の足の手当てを済ませた。その後は休み明けの実戦演習に影響がないように、安静にしておこうと適当に寮に持ち込んでいた本の内の一冊を手に取り、読んでいたところだった。
 ──大切なのはイメージと手順、プログラミング。難しく考える必要はない。何をしたいか、どうさせたいか。能力をどう使いたいかを詳しく考えて、手順通りに並べてプログラミングする。
 昼に言われた奈穂さんの言葉が観月の脳内で反復されていく。
 読んでいた本にしおりを挟んで一度閉じると、それを机の上に置いた。

「細かく考える、か……」

 呟いてから、思考を巡らせる。
 まずは、本の重力を軽くする。そしてそれを軽くさせたままキープする……。

「まずは集中」

 呟いて、本に手を触れる。表紙カバーのすべすべとした感覚が手に伝わってくる。

「想像して」

 本の重力を軽くする。脳内にイメージを浮かべるのは難しい。だから、この本が軽くなる事だけを考える。一瞬だけじゃなくて、私の意識が切れるまで。

「創造、する」

 想像するためにだろう、無意識に閉じていた目を開いた。何かがひっかかったような感覚。本にこれと言った変わりはない。
 観月が本を持ち上げてみれば、能力はいつものように発動していて、軽くなっている。そこで本から目を離して窓の外に意識を向けた。
 視線を向ける、までは良かったが、ふと窓の外で真っ赤に焼けている空をカラスが飛んでいるのが見え、それを目で追って少しすれば、本の重みが戻ってきて、思わず溜め息をついた。

「駄目かぁ……」

 呟いて机にもたれかかる。何か引っかかった気がしたが、実際はそんなに上手く行かないものだ。
 観月自身、観月のこの能力をどれだけ使えるか、というところでいくつか課題がある事は自負していた。
 それはチームメイト達に自分の能力を伝えた時に言った覚えもあるが、動きが予測できないもの、激しいものは勿論だが、他にもあった。
 今試したように、手に持っていても意識を集中させ続けなければ、能力は発動が止まり、途中で効果が切れてしまうのだ。

「……でも」

 引っかかりはあった。それだけは今までとは確実に違ったもので、顔を上げる。
 それなりに厚みのある本を見つめ、観月は姿勢を起こすと、またその本を手に取った。

「集中、想像、創造……」

 どこで問題が生じてているのだろう。
 観月は呟きながらそうぼんやりと考え、本を見つめた。
 まず集中、これは観月は自分では問題ない気がする、と思った。まず集中は大前提であること、現に能力は発動しているし、集中した物の重力は操れていることからもなんら問題はないと思える。
 となると他は想像する事と、その想像したことを放つ創造に問題があると言えるだろう。
 そこまで結論を出してから、観月は本の表紙を見つめる。
 想像の仕方が悪いのか、それともそれを創造する事自体が下手なのか。とはいえ、創造する、という事がイマイチ想像しにくいために、何が悪い、というところの特定が難しい。

「創造する、なんて簡単に言われてもなぁ」

 創造の部分を言い換えればどうなるだろうか。

「でもそもそも奈穂さんの能力と全く一緒ってわけじゃないし」

 ぶつぶつと漏れる独り言だが、その一言がやけに観月の中ですとんと落ちた感覚がした。
 観月の能力と奈穂さんの能力は違う。
 それは端から見ても分かりきっている事で、実際に細かく考えてみても、奈穂は目に見えて、形も目に見える、決まりやすい、想像しやすい能力だ。だが、観月の能力は違う。
 重力という形にもならない、見た目に見えるものでもない。重くしたりすれば地面にめり込み、目に見えるものにはなるが、それは一部の極限まで高めた状態だ。それを形として想像するのは、無理に等しいだろう。
 ぼんやりとそう考えながら、観月は手に持っていた本のページを何を考えるでも読むでもなく適当にぺらぺらと捲った。ふと、とある一文が目に入る。

「放つ……。イメージを、放つ?」

 無意識に目に付いた一文が声に漏れてから、呟いた言葉に、観月の脳が記憶の引き出しを開けていく感覚が観月自身で分かった。
 大切なのはイメージと手順。あくまでそれはヒントなのだ。答えではない。
 たとえば、イメージ、という単語一つがイメージする、という動詞でなくて、自分が描いている情景、心の中に描いているものだとしたら。
 観月は大切なのは細かくイメージする事だと思っていた。けど、その意味もあるが、イメージする事だけではなくて、その心の中に描いているものが大切なのだ、としたら。

「……自分の考えをしっかり持ち続ける事が大切なのかなぁ」

 無意識にぽつりと、呟くように声に出た言葉が、やけに大きく聞こえた気がした。のそのそとした動きでまた手持ちの本に向き直る。
 本の表紙を右手で撫でて、観月はすっと目を閉じた。
 集中、想像。この本を軽くし続ける事。
 心の中で手順を唱える。するりと撫でた本の表紙のすべすべとした感覚がまた手に伝わり、それがやけに印象的だった。
 この本を軽くし続ける。
 その一点だけを強く持って、目を開いた。
 本の重みがなくなり、一円玉を持っているかのような、持っているのかすら分からないかのような感覚。ここまでは味わった事のある感覚だ。
 観月はそれを少し持ち上げたり、下げしたりしてから本をベッドに投げた。重さなんて感じさせないその本はベッドに投げても、落ちた勢いと面積の都合上掛け布団に少し沈む事はあっても、その程度だ。いつものように深く沈み込む事はない。
 空を見れば、いつの間にか考え込んでそれなりに時間が経っていたのか、真っ赤に燃えていた空は青く、暗い静寂の空へと移り変わっていた。
 捻った右足を少し気にしながら椅子から立ち上がって、ひとつ伸びをする。時計は既に六時半を告げていた。
 ベッドまで歩き、ベッドに座りながら本を手に取る。先ほどと同じように、重さは感じない。
 本の表紙にまた手を滑らせ、表紙独特の手触りを味わっていると、ふと本に重みが戻った。

「……できた」

 その一言を呟くと、たった今起こっていた事実がじわじわと実感を帯び、足の先から快感が上ってくる。
 達成感に浸っていると、ふと観月の携帯が軽快なメロディーを奏であげ、思わず観月は「ひゃいっ!」と奇声を上げて飛び上がる。

「びっくりしたぁ……」

 達成感と実感の余韻を邪魔された事に少しむっとした感情を抱きつつも、ベッドから立ち上がって机の上の携帯を手に取り、画面を確認すれば、見慣れた幼馴染の名前だった。
 緑のボタンを押して、携帯を耳に当てる。

「何?どうしたの透真?」
「あ、出た」
「あ、出たって……いきなりかけてくるからびっくりしたわよ」
「はは、悪い悪い!ちゃんと大人しくしてるかなと思って」
「なにそれ!」

 的外れな電話の内容に思わず観月が吹き出せば、へへっと電話の向こうからも漏れた笑いが伝わってくる。足の事も考え、観月はベッドに腰かけた。

「どっかの誰かさんなんだから休み明けに実戦演習も待っているのに無茶なんてしないわよ」
「俺だってそんな事しねえっつの!」
「自覚があったんだ?」
「ちげえ!」

 耐え切れずに観月がくすくすと笑えば透真の「あー、くそっ!」としてやられたような声が届く。

「それで、用は何?」
「ああいや、飯食うのかなと思って。降りてこれそうか?」

 透真にそう言われ、無意識に観月は耳に当てていた携帯を耳から離し、画面を見る。画面に映し出されている時刻は既に七時を回っており、夕飯を食べるのに丁度いいだろう時間だった。

「あ、やだ、もうこんな時間?食べる食べる。いつも通り食堂で待ち合わせでいい?」
「なんなら迎えに行くけど。階段きつくね?」
「大、丈、夫!だから!じゃあ後でね!」

 それだけ言い切って透真との通話を切り、一つ溜め息をつく。流石に迎えに来られた挙句また姫抱きにしろなんにしろ運ばれてしまうのは恥ずかしさしかないから勘弁してほしい。
 まったく、とぼやきながら机の上の財布を手に取り、スリッパから靴に履き替えて外に出る。
 扉にしっかりと鍵がかかっている事を確認してから、寮の廊下を歩いて、食堂のある棟へと向かった。

「そっちから誘っただけあって意外と早いわね」
「一言余計」
「ごめんあそばせ」

 既に食堂で席をとって待ってくれていた透真と合流して、先に透真が夕食を注文しに行く背中をぼんやりと見ていると、ふと観月の後ろから聞き覚えのあるソプラノ調の声が聞こえてきた。

「あれ、観月ちゃん?」
「夢子ちゃん」

 観月に声をかけていたのは、いつだかに校舎内を迷っていたところを見つけ、一緒に迷いつつ目的地に案内した事のある夢子ちゃんだった。
 夢子ちゃんがへにゃりと笑う。

「観月ちゃんも寮だったんだ」
「そうそう、夢子ちゃんもだったんだね」
「うん。それじゃ、友達と待ち合わせてるから」
「あ、うん。またね」

 ひらひらと手を振っていると、丁度夢子ちゃんの前方から透真が戻ってきていた。
 透真に気付いていなかった夢子ちゃんは視線を観月から前方に戻してようやく透真に気付いたらしく、大袈裟に肩を揺らして、謝りながら、透真を避けて行った。

「知り合いか?」
「うん、ちょっと前に」
「そっか」

 透真が観月の隣の席に腰を下ろすのを確認してから、じゃあ今度は私が行ってくるね、と声をかけて立ち上がる。
 足を心配して俺が行こうか、と言い出す透真をなだめてから、カウンターへと歩を進める。
 とりあえず今週は大人しくする代わりに能力の特訓をしよう。自室でもできるし、何より実戦で、授業の時のようや悔しさは味わいたくない。
 少しでも、成長していきたいんだ。一歩ずつでいいから、確実に。

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