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 足がぶるぶると震えていた。
 いざその場になれば、決めた覚悟を曖昧にしてしまうほどに震えて怯えを示すそれに嫌気が差してしょうがない。
 自分は一般人なのだと、思い知らされているようで。
 咄嗟に観月を庇って前に出た透真と、透真に言われるままどころか、自分で下がる事すらできなかった観月。その埋める事すら難しい溝をどうしたものかと、考え続けても所詮はしょうがないことだ。

「……あの、ありがとうございました」

 隣に立つ、観月と透真を助けてくれた女性に礼を言って頭を下げる。

「いいえ、こちらこそ馬鹿が馬鹿な事して巻き込んでごめんなさいね」
「それでも、助かりましたから。それに、透真……幼馴染も、チャンスを掴めたみたいですし」

 透真の方に視線を向ける。
 現在透真は魔物を取り逃がした犯人であり、魔物を倒して自分たちを救ってくれた将矢という人物から、能力のコツを教わっている。
 これでまた透真は一歩先に進むのだろう。
 その事実に、純粋に良かったねと思える心と、自分でも分からない嫉妬心のようなものがぐるぐると胃の中でかき混ぜられている。
 なにやら透真と将矢が話しているのを見ながら、観月の瞳が揺れる。

「……貴方」

 隣からいきなり聞こえた声に驚いて、隣に立っていた女性に話しかけられたと分かるのに少し時間がかかった。少し遅れて女性の方を見ると、ターコイズブルーの水晶のような綺麗な瞳とぶつかった。

「何か、悩み事でもあるの?」

 図星を突かれて、失礼だとは思いつつも目を逸らして俯く。何も知らない、助けてもらった恩人である人にこの悩みを打ち明けてもいいものか。
 悩む観月の頭とは裏腹に、観月の口は気付けば言葉を紡いでいた。

「きっと私は足手まといなんです。でも、それは最初から分かっていた事で……それを理解した上でこの学院に入ってきたつもりでした。でもそれは所詮つもりで……。私は何も分かってなくて、でもチームメイトは皆戦える人だから、どんどん先に進めるし、スタート地点なんかも私よりも先で……。私、悔しくって……せめて、能力だけでも使えれば何か変わっていたのかな、って思うんですけど……私は一般人だから。きっと変わっていなかったんだろうな、って、そう思うと、やるせなくて」

 ぐっとスカートを握り締めて、溢れそうになる涙と嗚咽を押し殺して、震える声でそう話し続ける観月の話を女性は黙って聞いてくれていた。
 観月が話し終えて、女性の方を見ると女性は観月の事をじっと見つめていた。す、と白い綺麗な右手が差し出される。

「私は久雅奈穂。貴方は?」
「早田観月、です」

 奈穂さんが差し出してきた右手に応えて観月も右手を差し出すと、しっかりと握手される。
 奈穂さんは優しい目で観月を見ると、微笑を浮かべた。

「あの馬鹿にちなんで、私も良い事をひとつ教えてあげる。観月ちゃん、能力は?」
「あ、えっと……黒で、重力を操る能力、なんですけど……」
「操る、ね。どれくらい使えないのかは分からないけれど、似たようなものだから考え方を教えてあげるわ」

 奈穂さんはそう言うと、腰に付けているホルダーらしき物から先ほど使っていた小瓶を取り出した。小瓶の中にはさっきの大鎌の元なんだろう、少量の水らしき液体が入っている。

「まず私達の操る能力で必要な物は集中力もそうだけど考え方」
「考え方…?」
「そう。大雑把にぼんやりと考えるんじゃなくて、細かく考えて順番を付けてみるの。私みたいな能力に大切なのはイメージと手順、プログラミング。」
「プログラミング……」
「難しく考える必要はないわ。何をしたいか、どうさせたいか、能力をどう使いたいかを詳しく考えて、手順通りに並べてプログラミングするの」

 奈穂さんはそう言うと、小瓶の蓋を開ける。

「私の場合は水を小瓶から出す、水の質量を増やす、水をイメージ通りの形にする、そして凍らせるっていう順番ね」

 やってみるわね、と奈穂さんが言うと小瓶から水がぬるりと外に出て、ふよふよと空中に浮く。

「まずは集中。そして想像してそれを創造する」

 数秒の間ふよふよと浮いていたそれは、じわじわと質量を増やしていった。
 最初に小瓶に入っていた量とは到底思えない量になると、水の形がうねうねと変わって行き、先程の大鎌の形になっていく。それがぱきぱきという音と共に中心から凍り始め、やがて氷の大鎌になると、すとんと落ちて奈穂さんの右手に収まった。

「こんな感じね。少しでもヒントになればそれでいいのだけれど。それから、限界は知っておいた方がいいわよ」
「限界、ですか?」
「そう。そして、限界だからって諦めない事もね」
「それって、」

 言いかけた観月の口に、とんと人差し指を当てる。そこから先は聞くな、とでも言うかのようなその行動の後、奈穂さんはまたにこりと薄く笑った。

「気持ちとか、精神とか……。そういうものは人の限界や体を軽く越えてみせるわ。個人差もあるけどね。……少し喋り過ぎたかしら」

 奈穂さんは黙る観月から人差し指を離すと、これで失礼するわね、と一言かけて観月から離れる。
 将矢、そろそろ、と透真と話す将矢に声をかけて、一言二言交わすと観月の方を向いて微笑みながら奈穂さんは手を振った。
 それにぺこりと頭を下げて返すと、笑って踵を返し、将矢と共に森の入り口の方へと姿を消した。
 大切なのはイメージと手順、プログラミング。
 想像。創造。細かいイメージ、限界を知る事。諦めないこと。
 奈穂さんに言われた事が脳内を駆け巡って反復していく。

「観月!」
「うぇっ!?あ、ご、ごめん何?」

 どうやら何度も呼びかけられていたらしい。
 透真は不思議そうな顔をして観月の事を見ていた。

「大丈夫か?」
「え、あぁ……うん、大丈夫」

 自分の能力を使う上での限界、気持ちは限界を越える。透真の声は認識しつつも、奈穂さんの言葉が脳内から消える事はない。それを逃がさないように、ぐ、と手を閉じて開く。
 そういえば透真は将矢に聞いてどうだったんだろう。
 ふと透真の顔を見るために顔を上げると透真の視線と真正面からぶつかる。透真の目には星が瞬いていた。いつも見てきた目。新しい発見とか、挑戦に成功した時の私の一番好きな目だ。
 視線を下に滑らせると透真はいつも作るものより少し小ぶりで装飾のついた剣を手にしていた。

「透真、それ」

 剣を指差すと、透真は「あぁ!」と返事の声を上げた。

「これは将矢が作ったもんだけどさ……これ!」

 喋りながら近くの地面に刺してあった剣を引き抜き、代わりに持っていた剣を突き刺す。
 どうやら小ぶりで装飾がついているのは将矢が作ったものだったかららしく、透真が持ってきた剣はいつも通りのシンプルさだった。
 でも、なんだかどこかが違うような気がする。

「見てろよ」

 そう一言声をかけた透真は、近くの木に駆け寄ると片足に体重を乗せて上から下へと剣を振るう。枝はすっぱりと綺麗な断面を見せて、地面へと落ちた。

「やっとできたんだ!将矢のアドバイス通りにしたらびっくりするくらい上手くいってさ!」

 はしゃぐ透真の姿はいつもと変わらない。
 むしろ変わっているのは私だ、と観月は思った。もやもやとした影は心に纏わり付いて離れる様子はない。

「っ……やったじゃない!これで休み明けの実践演習も安泰ね!」

 おかげで反応が少し遅れてしまったが、透真は特に気付いた様子もなく、誇らしげに胸を張った。

「だろ!?観月の事もさ、お前が来るまで待っててやるし守ってやるから安心しろよ!」

 少し影が晴れた。
 そう言って笑う透真に、観月も少し笑みが漏れる。

「そうね、私はまだまだ未熟だし。透真に守ってもらっちゃおうかな!」

 透真が差し出す拳に自分の拳を当てる。折角の好意には応えた方のが相手も嬉しいことなのは分かっている。それでも、自分はきっと規格外だから。
 分かってはいても簡単に割り切れる問題でもない。東西くんの誘いに対して一度断ったとはいえ、未だに悩んでいた。

「そういえばさっきあの女の人と何話してたんだ?」

 ふと思いついたように透真にそう言われ、意識を戻す。

「奈穂さんと?能力についてちょっと話をしてもらって」
「能力?」
「そう。使い方っていうか、考え方?助言をもらって。ちょっと頑張ってみようかなって」
「そっか。じゃあこの後頑張ってみるか?」
「いいの?」
「いいのも何も今日はお前の特訓だからな!」
「ありがと、透真。それじゃ……痛っ」
「だ、大丈夫か観月?」

 透真の言葉に甘えて手伝ってもらおうと思ったその時だった。動かそうとした右足に痛みが走って、思わずしゃがみこんでしまう。
 さっきまでは特に何もないと思っていたけれど、どうやら魔物が飛び出して来た時に咄嗟に動こうとして右足を捻ってしまっていたらしい。
 心配そうに観月を見下ろす透真に大丈夫、と告げて右足を少し動かしてみると、自覚したのもあって痛みの主張は増す。
 これは少なくとも今日は特訓は難しいだろう、どうしたものか、と透真の顔を見上げる。

「足、捻っちゃってたみたい。これじゃ今日の特訓は」

 できないね、そう続けようとした観月の言葉が声に変わる事はなかった。ふわりと体が浮遊感に包まれて、少ししてから腰と膝の辺りに何か当たっているような感覚を覚えてから、そこでようやっと透真に姫抱きにされている事に気付いたからだった。
 所謂お姫様抱っこ。私が。透真に。

「だ、大丈夫だから透真!」
「いいからいいから」

 よくない。
 歩き出した透真の腕から逃れようと、慌てて身をよじらせて降りようとするが、透真の腕の力で押さえつけられてしまい、それも叶わない。
 こうなった時の透真が頑固なのは観月もよく知っている事だから大人しく諦める事にして、透真に体重を預ける。
 とはいえこのまま寮に向かうとなるとそれなりの距離があるけれど、大丈夫だろうか。
 そんな事をぼんやりと考えつつ、歩くリズムに揺られながら目を閉じる。
 しばらくは意識があったものの、やがて観月の意識はそのまま落ちたのであった。

 一定感覚で揺れている感覚で目が覚めた。
 ……あれ、私何してたっけ。確か、ゴールデンウィークだから透真と特訓しようってなって、魔物が出てきて、それで……。
 寝起きでぼんやりとする視界のまま上を見上げる。一度瞬きした目が、上にある橙色と目が合った。

「……えっ、やだごめん透真!私寝てた!?」

 観月が慌てて下りようともぞもぞと動き出し、またもや透真にもう少し待てと言わんばかりに押さえつけられる。

「大丈夫だよ、それより寮着いたけど歩けるか?何なら部屋まで連れてくけど」
「そっ、それはいい!歩けないほどじゃないから!大丈夫だから!」

 提案されたものを即座に断って、寮の敷地手前でようやっと丁寧に下ろされる。
 歩く分にはそんなに問題もないのだから、そこまで気にしなくてもいいのだけど。

「ごめん途中寝ちゃって、っていうか、ありがと」
「どういたしまして、折角やる気出たところだったのにな」
「本当に」
「休みの間はじっとしてろよ?」
「……まさか透真からそんな事言われる日が来るなんて思ってなかった」
「何をぅ!?」
「ふっ、あはは!大丈夫よ、大人しくしてるから。どこぞの暴れん坊じゃあるまいし」
「へいへい、休み明けには実戦演習も待ってるんだから気を付けろよ」
「そうね。それじゃ透真、また」
「おう」

 実戦演習。そうだ、休み明けには実践演習が待っている。そこで足を引っ張りたくないが故の特訓という提案だったというのに。今自分がしている事はなんだ。
 透真と分かれ、透真が男子寮の棟に歩いていく背中を見つめる。

「……悔しいなぁ」

 思わず観月の口から零れ落ちた言葉は透真には届いていないようだった。


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