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 青空に雲が浮かんでいる。木々の隙間からは木漏れ日が差して、観月の立っている足元を照らした。最初の体力づくりの授業から日は経ち、月日は既に四月末に入ろうとしていた。
 ゴールデンウィークが目前に迫っており、それが明けると今までの授業を活かして実際に魔物と戦う実践演習が待っている。それは、観月たちにとって初めて魔物と対峙する実践の日でもある。
 普段は放課後にしか来ない学院の所有する裏山だが、この日は実践演習で使用するという目的で、授業の時間に観月たちチーム黒白はそこにいた。新芽の茂ってきた木々の青々とした匂いがつんと鼻をつく。
 今、チームである観月と透真、竜斗、沙綾が囲んでいるのは氷でできた猿のような魔物だ。
 魔物と言っても本当の魔物ではなくて、実践授業の担当である香折先生の作り出した仮想の魔物なわけなんだけれども。
 今回の授業内容はこの氷でできた仮想の魔物を討伐、あるいは捕獲するといった内容だった。魔物と言ってもすぐ近くに実践演習が待っているという気遣いからか、この仮想の魔物は好戦的に攻撃をしかけるような事はなく、ただ逃げ回るばかりだ。
 その代わりと言うのはおかしいかもしれないが、敏捷性はかなり高い。まだ戦闘になれていない自分や透真などからしたら普通にやるだけでは討伐、捕獲するのはかなり難しい。捕獲にしろ討伐にしろこちらの仕掛ける攻撃は全て避けられてばかりなのだ。
 つまり、チームでの協力。チームワークが重要となる。授業内容が開始される前に香折先生がチームで協力するのが狙い、と言っていたのはその事なんだろうな、と観月は思った。
 一度チームを解散して、一年目からまた改めて始めたらしい竜斗くんはこういった授業を受けた事があるんだろう。慣れている、といった感じで観月たちに的確に指示を飛ばしている。
 その結果として、今現在観月たちは魔物を四人で囲み、逃げ道を塞いで追い詰めたところだった。
 流石に四方を囲まれてしまうと魔物も誰を見ればいいのか、どこに逃げるべきかを迷っているように感じた。意思があるのかは分からない――おそらくないんだろうけど。この状況をどう打開するべきかといったように観月たち四人を警戒しつつ、様子を見ている。
 そこで、竜斗くんが動いた。すっと右手を上げ、人差し指で魔物を指したかと思うと、次の瞬間には魔物に光が当たり、魔物は弾けて消滅した。

「これで四体目か、中々難しいんだなー…」

 魔物が消滅したのを見届けてから、透真がふぅ、と一息溜め息をついて、体に張り詰めさせた緊張を解きながらそう言う。
 透真の言っている事も最もだった。思ったよりもこの魔物は遥かにすばしっこくて、中々思ったようにはいかない。もう少し簡単なものだと想定していただけに、いきなりの本格さに驚いたのは観月も同じだった。
 沙綾ちゃんが手元の時計を確認する。

「まだあと三十分くらいはあるね」
「……さっさと次に行くぞ」

 竜斗くんはそう言うと踵を返して別の方向へと歩き出す。一番こういった慣れているのが竜斗くんなのは確かだからか、透真も珍しく文句も言わずに竜斗くんの背中を追う形で歩き始めた。
 それに倣って観月、沙綾と続く。
 今日の授業は本来竜斗くん一人でも簡単にできる内容な気もするが、竜斗くんはできるだけ私達を動かして、内容を進めているよなぁ、と観月は感じていた。
 現在の討伐数は四体。それが多いのか少ないのかはイマイチ分からないがこの四体のうち魔物にトドメをさしたのは観月以外の三人だった。
 透真はまだ完璧とは言えないものの、剣という武器を作り出すことができる。その武器はたとえ切れないにしても今回は殴って魔物を討伐する事ができるし、何より幼い頃から特訓してきた賜物だろう、その剣を自在に操る事ができる。
 沙綾ちゃんは能力もちゃんと制御できているように思えるし、能力を使った戦闘も申し分ない。仮想とはいえ魔物と対峙してもなんら怯む事はないし、実際に戦い慣れているようにも感じた。
 竜斗くんは言わずもがなで、このチームの中で誰よりも戦闘能力が高い。その場の判断を一瞬で行って、観月たち三人に適切な指示を飛ばし、魔物をしっかりと追い詰めていた。
 ――そして、自分は。
 そこまで考えて、観月は小さく肩を落とした。数ヶ月前まではまともに能力を使おうとも思わなかった一般人中の一般人。まだ能力をちゃんと扱えなければ、戦うなんてもってのほかだ。
 かと言って、観月とて何もしなかったわけではない。正しく言うと、やろうとしたけどできなかった。
 そう、観月はまだ能力をちゃんと扱うことができない。静止している物の重力はなんとか操れるが、それを長時間できるか、と言われたらできないと即答できる。動いている物の重力を操るなんてとんでもない。
 それでもできるかもしれない、と期待を込めて一度試してみたものの、結果は散々だった。それ以降は竜斗くんに能力を使うように指示される事もなく、ただ魔物をどう追い詰めるかを指示されるだけで――それでも十分働いているのかもしれないが、周りはちゃんと竜斗くんの期待に沿えている所は少しでもあるだろう。故に観月は満足いかなかった。
 だからこそ悔しかった。歩きながら三人の背中を眺め、無意識の内に右手に力がこもる。爪が手のひらに食い込んで神経が痛みを訴えてくるが、それには気付いていない振りをした。
 圧倒的に力不足なのだ、他の三人に比べて。
 体力づくりの授業の頃から生まれはじめていた劣等感は、ここの所急に大きくなってきていた。
 それは元々あったものだが、最近は生徒も慣れてきた頃だからか授業も本格的になってきているものが多く、実践やらでその差がありありと表面に浮き出る事が多くなってきたからなんだろう。
 小さく唇を噛む。
 すると、先頭を歩いていた竜斗くんが急に歩みを止めた。それに釣られて三人も歩みを止める。
 魔物か、と三人の体に少し力が入るが、竜斗は動かず、何も言わずただ一点を見つめている。

「相変わらずバレなければそうやって見てる事が多いんですね、先生」

 誰もいないように見える大木に向かって竜斗くんが声をかける、とその大木から影が降ってきて、四人のすぐ近くに着地する。見慣れた青いジャージ姿である香折先生は朗らかに笑うと、

「バレてたか、相変わらずそういう所は鋭いな黒瀬は。感心感心」
「茶化さないでください、流石に今年で四年目なんだからそろそろ先生の行動にも察しが付きます」

 先生相手とはいえ、いつもよりも言葉数の多い竜斗くんに少し驚く。それは透真も同じようで、香折先生の顔を見た後竜斗くんの事を二度見していた。
 香折先生はその竜斗くんの言葉に納得したように一つ頷く。

「それもそうか、結構苦戦してるみたいだが大丈夫か?」
「まぁ、俺以外は一年目ですし。未熟なのも多いけど今の所は」
「そうか。じゃあ俺は次に行くから、怪我には気を付けるようにな」
「はい、そのへんは大丈夫かと」

 竜斗くんが頷くと、香折先生もまた一つ頷いて、それじゃ、と観月たちと分かれ、森の中に姿を消した。
 それを見届けていると、竜斗からまた行くぞ、と声がかけられ、時間もないからと森の中を駆けだした。
 その後はまた一体魔物を見つけ、四人で囲んで竜斗くんがトドメをさした。そうして次の魔物を探している内に時間が終了し、元いた場所に一年目のチーム全員が集まった。
 香折先生が一つ咳払いをして、生徒の注目を集める。

「全員集まったな〜。実践授業お疲れさん。今日はこれで終わりにするぞ。今日の反省点は今後、特にゴールデンウィーク明けの演習に生かすように。それから、魔物は討伐されると俺が分かるようになっていてな、各チームの討伐数はカウントさせてもらった。後日軽い評価を配るから目を通しておくように」

 そういえば竜斗くんと会話していた時に苦戦しているみたいだな、って言っていたっけ。それは討伐数を数えていたからか、と一人納得する。
 そこから考えると、やっぱりお世辞にも私達の討伐数は多いとは言えないんだろう。むしろ、少ないかも。
 ……考え過ぎは良くないのかもしれないけれど、考えてしまうのも正直仕方がないと思う。

「さて、これで授業は終わりだ。各自軽くストレッチして校舎に戻るように。解散!」

 考えている内にどうやら話が終わってしまったらしい。途端にがやがやとうるさくなる周りが学院の方に戻っていくのを見ながら、観月も歩き始める。
 この後とっている授業はないし、授業後にチームでやる予定の特訓もない以上、あとは寮に帰るだけだ。

「お疲れ観月!」
「っえ……お疲れ、透真」

 気付けば隣を透真が歩いていた。最近の自分はどうやら注意力が散漫らしい。
 すると観月の反応が鈍かったのが気になったのか、透真が少し眉間に皺を寄せる。

「大丈夫か?」
「えっ?」
「だってお前、最近なんか元気ないように見えるし、話しかけてもやたら反応鈍いしさー。どうせお前の事だから考えすぎてんだろうけど、あのー、あれだ、なんだ、たまには力抜けよ」

 一気にまくし立てられて、観月は少し唖然とした。
 透真はよく喋りはするが、人に対してべらべら喋る方ではない。というより語彙力がないのかまとめるのが上手いのか、言いたい事を完結にまとめて一言二言で済んでしまう場合が多いだけなのかもしれないけど。ちなみに観月の個人的な考えだとしては前者だと思っている。
 透真に最近の事がばれていたのもそうだが、そうやって透真が声をかけてきた事に少し驚いて、観月が目をぱちくりさせていると、透真はそれを少し見た後ぷいっと視線を逸らした。
 心配されている、あの透真に。
 何だかくすぐったいような気がしてふっと笑いが漏れる。透真が不満そうにこっちを見て「なんでだよ!?」と声を荒げた。
 それは想像どおりで、それが何だか面白くって笑いがこみ上げてきてしまって、そのまま笑っていると、最初は不満そうにしていた透真もやがてぷっ、と息を噴出して笑い始めた。
 長い時間か短い時間か、そこまでは分からないが学院の裏山を出るまでの間笑い続け、学院の北門にさしかかったところでようやく笑いが収まる。笑い続けていたせいでお腹が痛い。

「……ありがとね」

 聞こえなくてもいいや、と思って呟いた一言はどうやら透真に届いてしまったらしい。きょとんとしたように透真がこちらを見ていたが、やがて意味が分かったのか小さく笑う。

「おう!」

 そうして透真が見せてくれた笑顔はいつもの笑顔だった。
 よし、と腹を括ってみる事にする。まだ色々と課題はあるが、とりあえず自分なりに前に進みたいと思い始めてきたのだ。思い立ったが吉日、即行動。たまには、馬鹿みたいに真っ直ぐな幼馴染に影響を受けてもいいと思う。

「ところで透真、相談があるんだけど」
「ん?」
「もうすぐゴールデンウィークじゃない?今日ので私が足手まといな事も分かっちゃったし、良ければ特訓、付き合ってもらえないかなって」
「……おう!大歓迎だ!」
「それなら良かった」

 本当に良かった。正直断られるんじゃないか、と思っていたところがあっただけに観月は内心ほっとする。
 透真の教える能力はちょっと、いやあまり?期待できないかもしれないが、今こうして気軽に頼めるのは観月にとっては透真だけだ。
 東西くんの申し出の事もあるが、まずはゼロからせめて一くらいにはしておかないと。流石に幼馴染と違ってそこまで迷惑をかけるわけにもいかない。
 小さく心の中でえいえいおー、と自分を励ましておいて、その後はのんびり透真とくだらない世間話などをしながら帰路に着き、寮の食堂で夕飯を食べてから透真の宿題を手伝って、明日の支度をしてから眠りについた。
 一つ、胸のとっかかりが外れるような気がした。

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