06 [ 13/50 ]


「……痛い」

 朝目が覚めて、ベッドから起き上がって一言。まず出たのは、昨日の夜寝る前と同じ後悔だった。いや、後悔してもしょうがないんだけど。
 ていうか後悔とかしちゃ駄目でしょ、駄目でしょ。駄目だよ、変わりたいんでしょ。
 いやでもいきなり頑張り過ぎるっていうのは駄目だった気がする。普段動いてないんだから。
 うー、昨日寝る前にストレッチしたとはいえ筋肉痛が痛い。違う、これじゃ頭痛が痛いみたいな感じじゃない。意味重複しちゃってるよ。あれだよ、筋肉痛があれ。やばい、語彙力がない。寝惚けてる、完全に。
 ってこうしちゃいられないんだよね。
 枕元に置いてある時計を確認すると、午前七時。余裕があるとはいえ、あの寝ぼすけである透真を起こすのはそれなりに時間がかかる。急がないと。
 ベッドから降りて、ぐーっと背伸びをすれば、普段そんなに動かない代償か、あちこちに筋肉痛が走る。
 顔を洗ってさっぱりしてから、痛みで動かしづらい体に鞭打って服を選んで着替えて、癖でどうにも外側にはねる髪をひとつにまとめる。よし、準備オッケー。
 スリッパから靴に履き替えて、観月は女子寮の自分の部屋を後にする。
 それなりに早めの時間とはいえ、朝早くから学院に行って特訓したり、個人でトレーニングとかする人もいるから、廊下には人がまばらにいる。
 寮の廊下を歩きながら体を動かしてみると、肩やら腋の付近やらお腹やら太ももやらあちこちがやっぱり色々と痛い。
 今日は実践系の授業がなくてよかった、と切実に思う。あったらまともに動けないところだった。しかも、観月は全然動けなくてもチームメイトは何の問題もなさそうだから、また一人で悔しい思いをするところだった。
 男子寮に踏み込んで、透真の部屋を探す。
 何番だっけ透真。確かこの辺に――あ、あったあった。
 透真と寮に入る時に念のためと部屋の番号を聞いた会話を思い出しながら、部屋を探して、観月は目的の部屋を見つけた。
 扉の横の名札が入るところには清白透真と書かれているからまず間違いはないだろう。さっきから通りかかる人に見られている気がするけど気にしない。しょうがないよね、男子寮に女子が今いるわけだし。

「透真ー?」

 観月がこんこんと軽くノックをしてみるが、反応はない。まあここまでは全然予想通りだし、と思いつつもう一度、さっきよりも力を入れてノック。反応はない。
 ドアノブを軽くひねってみると、冷たい金属製のそれは何の抵抗もなく、かちゃりと独特な音を立てて回った。
 確かに鍵をかける必要性はあんまりないかもしれないけど、それはそれでいかがなものか。
 呆れつつも扉を押して開ける。透真は一人部屋だから、部屋に誰か相方が居るわけでもないし、こういう時起こしやすいから鍵が開いてるのはある意味助かるけど。

「透真ー、起きてる?」

 起きてるとは思わないけど。
 心の中でそう一言付け加えて、部屋の中に入る。透真の実家にある透真の部屋の様子から、散らかってるのかと思って入ったから意外と整頓されていて少し驚いた。
 ちなみに部屋の主である透真はいびきをかいて爆睡中。枕元に置いてある目覚まし時計を確認すると、目覚まし時計は既に鳴った後らしかった。この調子だと透真の携帯のアラームもその内鳴り出すだろう。
 それにしても目覚まし時計で起きないならセットする意味ってあるのかな。いや、でもたまにはちゃんと起きてくるんだよね。
 過去に何度かそれで遅刻しかけた事もあったなぁ、と懐かしにふけりつつ、といっても関係性は別に今と対して変わってないけど。
 さて、と思考を切り替える。どうやって透真を起こしたものか。一度目覚ましで起きない場合は、並大抵の事じゃ起きなかったりする。

「透真ー」

 とりあえずちゃんと起きてくれる事を願って声をかけてみるが、反応はない。
 もう一度声をかけながら揺さぶってみるが、透真は小さく唸りながら寝返りを打っただけだった。どうやら今日は一筋縄じゃいかない方らしい、となれば、かくなる手段は一つしかない。

「起きなさい!」

 布団の中で気持ちよく寝息を立てている透真の掛け布団を引っつかんで勢い良く剥がす。そしてそのまま窓に歩み寄って、カーテンを勢い良く開けた。
 入ってくる日光のまぶしさと、いきなり掛け布団を剥がされた寒気からか、流石に背後で透真が動く気配がして、観月は振りかえる。

「おはよう透真」
「んんー……おはよう観月……って観月ィ!?」

 起きたであろう透真に声をかけると、寝惚けたように挨拶に応じたけど、意識が覚醒したのか観月を二度見した。その反応が大袈裟で、観月は少し笑ってしまう。

「別に起こしに来なくていいって言っただろ!?」
「そう言って今日も起きてないのはどこのどいつよ。透真がそうやって寝坊して遅刻ばっかりしてると一緒にいる私も恥ずかしいじゃない!」
「お前が勝手に一緒に居るだけだろうが!」
「何回も言ってるでしょ私は透真のお母さんに透真の事頼まれてるの!」
「そんなん知るか!」
「善意で起こしに来てあげたんだから素直に受け取りなさいよ馬鹿透真!」
「ありがた迷惑だっつーの!……ってげぇっ!?もうこんな時間かよ!」
「だから起こしてあげたんでしょ!朝ごはん食べる時間なくなるよ!」
「やっべ!いつまでいるんだよ着替えるんだから出てけよ!」
「はいはい分かったわよ、部屋の前で待ってるからね!」
「おう!」

 慌てて部屋にあるタンスを漁りだした透真を見てから、観月は先に靴を履いて部屋の外に出る。
 扉にもたれかかりながら左手首の時計を見てみるともう八時だった。早いなあ。
 あんまりのんびり朝ごはんは食べて居られないかな。ていうか、扉の前にいたら邪魔か。
 もたれかかっていた扉からどいて、扉の向かい側である壁に背中を預けて、透真の部屋の扉をぼうっと眺める。
 勝手に一緒にいるだけ、かぁ。
 売り言葉に買い言葉、みたいなものなんだろうけど、なんだかその一言がどうしても胸に引っかかってしょうがない。
 いや、確かにそうなんだけど。学院にだって私がやりたい事もないし、透真が心配で、私は丁度能力持ってたから勝手についてきただけだし……。昔から先を行く透真の背中を眺めて、ついてきただけだ。
 でも、それでも、大体最初に手を引いてくれたのは透真なのに。
 観月がそんな責任転嫁のような、透真のせいにしたところで扉が開いた。着替えた透真が出てきて、観月に向けて笑顔で「さっさと朝飯行こうぜ!」なんて先を歩き出して、観月が失笑する。

「そうね、さっさと食べて教室に行きましょ。あんまりのんびり食べてもいられないだろうし」

 そう声をかけながら小走りで透真の後ろから横に移動して、そのまま並んで歩く。その後は食堂で朝食を取ってから、各自自分の部屋から鞄を持ってきて、一緒に寮を出た。

 学院までの道を歩きながら、観月の脳内にはこれからどうしようか、なんて考えがぐるぐると回っている。
 昨日からそればっかりだ。それは分かってるし考えてもしょうがないことも分かっているといえど、自分の将来の事だし、ついついそこに思考が行ってしまうのもしょうがないと思う。
 観月が思わず漏らした溜め息に、透真が観月を見た。見たけど、さほど気にならなかったのか、すぐに前を向く。
 私も前、向けたらいいんだけど。
 観月たちは今日は一限目からで、一限目は年齢別だから朝からチームメイトの顔を見る事はあんまりない。
 とはいえ、タイミングが合えば顔を会わせることもあるわけだけど、今日は出会う事もなく教室に辿り着いた。
 透真が扉を開けて、元気に朝の挨拶をかましながら教室に入る後ろについて、観月も教室に入る。
 透真と観月がいつも座る一番後ろの壁際の席はいつも通り二つ空いている。一番後ろの壁際の席なんて皆好きそうなものだが、毎回空いているというのもなんだかおかしな感じだ。
 通りかかる同年代の人達に返事の有無関係なしに「おはよう」と声をかけつつ、透真の横の席に鞄を置く。
 透真はこの前声をかけられて仲良くなった志織ちゃんと談笑していた。観月も志織ちゃんに一言挨拶してから席に座る。
 一限目で使うノートやら筆箱やらを鞄から取り出して、机の上に並べているとふと気配を感じたのでそちらを向く。
 青緑色の髪をした少年がそこに立っていた。顔を見て、脳内で少年の名前を検索する。確か――

「東西、くん?」

 記憶からどうにか引っ張り出して、観月が確認するように声に出すと、前に立つ東西くんはこくりとうなずく。
 正直、観月の記憶的にはあまり人と会話するようなイメージがなかったから少し驚いた。特に、自分から人に話しかけるようなイメージは失礼ながら、ない。
 さっき声はかけなかったな、と思いつつ、改めて観月が「おはよう」と言うと東西くんからも「おはよう」と挨拶が返ってくる。

「えっと、私に何か用かな?」

 違ってたら結構恥ずかしいけど。
 観月のそんな心配とは裏腹に、東西くんはさっきのようにもう一度頷いた。
 東西くんが私に用。なんだろう。

「用っていうか、頼みがあるんだけど」
「頼み?えっ、私に?」

 更に驚きでなんだか驚きの連続だ、でもそれもあんまり関わった事のない人だししょうがないと思う、んだけど。

「そう、良ければ手合わせに付き合って欲しい」
「……あ、えっと」

 すぐに返事できなくてどもってしまった。思わず困った表情になったのが伝わってしまったんだろう、東西くんを困らせた雰囲気が伝わってきて、観月も申し訳なくなる。

「ごめんね、私体術とか全くできないから……」

 眉が下がってしまったから、今の観月は完全に困って笑ってる感じになってしまっているんだろう。
 気を遣わせてしまうだろうか、申し訳ないな。と観月は思った。
 すると、東西くんは観月の目をまっすぐじっと見て「大丈夫」と一言声に出した。

「なら、一緒に強くなろう。誰だって最初は弱いから」

 そう力強く言われて、真っ直ぐに目を見られて、観月は思わず目を逸らしてしまった。やだ、失礼なこんなの。と思いつつも、目線は戻せない。

「……迷惑はかけられないよ」
「……そうか、分かった。いつでも付き合うから、考えが変わったりしたら声かけてくれ」

 目を逸らした状態、俯いたまま観月がそう答えると、東西くんはきっと、真っ直ぐ観月を見続けたままそう言って、自分の鞄が置いてある席へと歩いていった。
 自分の弱さを具間見たのと、申し訳なさから観月はぎゅっとスカートを掴む。
 正直に言うと、タイミングがタイミングだから、受けたいと思った。向こうからのお願いだし、観月が全く戦えないと知っても誘ってくれた。
 でも、同じチームでもなければそこまで仲良くもない人に、そこまでの迷惑はかけられない。
 なんて、そんなの言い訳だという事は観月にも分かっていた。
 あそこまで真っ直ぐな目を見て、少し怖いと思った。観月は、そこまで強くなれないと思ってしまった。こんな半端な気持ちで挑むのは、流石に頼まれごととは言えど失礼すぎる。

「観月?」

 声が聞こえて、慌てて観月は顔を上げた。すると、隣の席に座っている透真と、透真の前の席に座っている志織ちゃんが、心配そうに観月を見ていた。

「大丈夫?」
「さっきの奴……東西だっけ?に何か言われたのか?」
「ちっ……違う違う、大丈夫だよ!ちょっと昨日の筋肉痛がね!」

 慌ててそう誤魔化せば、透真と志織ちゃんはどうやら筋肉痛から実践授業の話を連想してくれたらしい、話題がそっちに切り替わる。
 志織ちゃんは学院に入って二年目だから、学院生としては観月たちよりも一つ先輩だ。

「香折先生の授業は私も大変だったなぁ……今でも結構大変だけどね」
「透真は鍛えてるからいいけど私は全然だから、昨日の夜から痛くって」
「あはは、分かる分かる。私なんて初日の授業倒れかけたもん」
「それ大丈夫じゃなくね!?」
「なんとかなったから良かったけどね」

 そんな感じで笑って雑談していると、授業開始のチャイムが鳴った。話も丁度いいところだったから、志織ちゃんが前を向いて、透真が鞄からノートやらを漁り出している。
 前で声をかけている真依良先生を眺めていると、不意に視界に東西くんが入った。観月は眉間に皺がよるのを感じた。

「……私は、どうしたいんだろ」

 観月が机につっぷして呟いた一言は、誰に聞こえるでもなく、授業開始を知らせるチャイムに飲み込まれた。
 考えも覚悟も、全部中途半端だ。そんな自分に嫌気がさしてしょうがなかった。

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