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 晴天。雲がひとつもないような本日の天候は、太陽がこれでもかというような強さでじりじりと照らしてくる。
 それでもカレンダーが示している月は四月だ。まだ四月だというのに、これはいかがなものか。
 そういえば、今日の天気予報は四月とは思えない最高気温を叩き出していたっけ、と観月は今朝見たニュースを思い出す。
 それにしても、暑い。
 と、まあ心の中で不満を色々と言ってみたところで、太陽の照りつける強さは何も変わらないわけであって。
 不満をぶつけるためにも目を細めて太陽を見上げてみたけど、まぶしいだけだったから大人しくやめて、辺りを見る。
 これだけ文句を言っているのにも関わらず、何故中に入らないのかというと、それにはちゃんとした答えがあった。
 それは今日の、今の時間に取った講義が実践系の講義で、なおかつ、今日の開催場所は外にあるグラウンドだからである。

「さあお前ら集まれー、今日も元気に授業やるぞー」

 そう声をかけてきたのは実践系の授業を担当している香折先生だ。香折先生のその一言に従って、その辺にばらついていた生徒達が香折先生の元に集まる。
 香折先生は櫻井先生とは違って、どちらかというと琉生先生のようなゆるい雰囲気で、点呼を取って出席を確認すると、一つ頷いた。

「今日やる事は体力づくりだな、まぁ簡単に持久走みたいな形でのランニングやらをしてもらう。作るならまずは己の肉体からってな。まぁくれぐれも無茶はしないように。怪我されても困るからな!それじゃあ、まずは準備運動開始!」

 ふと思い出されたように「各自でいいからなー」と付け加えられた香折先生の声を聞きながら、それに従ってこの授業をとっている生徒それぞれが、思い思いに準備運動を開始する。
 準備運動や軽い柔軟をしながら周りを見ると、中にはいかにも既に体力づくりは十分、みたいな人達もちらほら見かける。
 けれどその人達も大体が一年目なわけであって、なんていうか、すごい。
 そういう人にはやっぱり討伐団で稼ぎたいとか、戦いたいとか、そういう目標があるのかな、という考えが観月の脳裏にちらつく。
 私はどうだろう。私には生まれつき能力があったけど、別に戦うことに興味があるわけじゃない。ゼロではないけど、それでもあんまり気乗りしない事は確かだし。
 一方で幼馴染である透真は討伐団になることに夢を持っていて――まぁ、両親は普通に能力もなくて、普通の仕事をしている観月に比べたら、お父さんが討伐団員だから討伐団に近い分夢を持ちやすいのかもしれない、けど――けど、それでも観月とは違う。
 透真が心配だからって、丁度能力があるのと、別にやりたい夢とかも特にないからっていう惰性でついてきた私は、私とは、違う。
 私はこのままでいいのかな、なんていうことは最近観月自身良く考えている事でもあった。チームの足を引っ張るんじゃないか、そういう考えがないわけじゃない。
 色々と考えている間に、準備運動も柔軟も終わってしまった観月は、未だに念入りに柔軟をしている透真を見て、目を細める。
 やっぱり、真剣にやっている人がいる中で、私みたいな半端者がいるのはどうなんだろう。

「もう十分か?よし、それじゃあ始めるぞ。まずはグラウンド十周、それぞれ自分のペースで良いからな。はじめ!」

 香折先生の合図に従って、皆が走り出す。透真は序盤から飛ばして後から疲れていくタイプだから、と前の方を探せば、案の定結構早いペースで走り出していた。透真の前には竜斗くんが見えて、きっと透真は竜斗くんに合わせて走るんだろう。
 全く、負けず嫌いなんだから。透真は。
 観月はそこまで運動がすごく得意というわけでもないし、苦手というわけでもないから平均の女子くらいのペースで走る。少し先の方には、男子に混じって沙綾ちゃんが走っているのが見えた。
 チームメイトである三人の背中を見ながら、できる限りのペースで走っている間、頭の中で竜斗くんが初日に透真に言った言葉が反復される。
 観月は、なあなあでここに入ってきて、なあなあに生活を送っている。未だに魔物と戦うことなんて考えられないし、人とすら戦う実感もない。
 櫻井先生からも聞いた事がある。討伐団といえど討伐するのは魔物だけじゃない。所謂ゴロツキ、とでも言ったらいいのだろうか。
 ゴロツキを討伐、なんて言い方をしたら少しあれかもしれないが、そういう仕事だってある。討伐団員はたくさんいるから自分がやらなくてもいいかもしれないけど、たくさんいる討伐団員が任務に出てしまっている場合には自分がやるしかないのだ。
 観月はそうなった時にはたしてちゃんとやれるだろうか。やれない、間違いなく。今は無理だ。能力面とかそういうんじゃなくて、考えとか、精神面的に。
 別に学院を卒業したからって討伐団にならなきゃいけないわけじゃない。でも、どうせここを卒業したなら観月は、観月の能力を、観月を人助けに使いたいとは思う。
 色々と、少し気楽に考え過ぎていたのかもしれない。今更だけど。入学前にも色々考えたつもりだったけど、でもそんなのは結局現場を知らずに考えていた、所謂つもり、みたいなものだ。
 一周目が終わった。残り九周。前方に三人の姿は見えない。走る足は止めずに、上半身だけを動かしてグラウンドを見渡すと、半周以上離れたところを走る沙綾ちゃんが目に入る。
 すごいなあ、ほんとに。
 沙綾ちゃんがあそこにいるという事は透真と竜斗くんは観月の後方にいるんだろう。
 やっぱり私だけ戦力が違い過ぎる、のかな。
 思えば、昔から何かひとつに打ち込むっていう事はあまりなかったかもしれない。透真の後ろを付いて歩いて、色々なことには手を出したけど。
 勉強だってやるべき事をやっているだけだし、言われた事はちゃんとやる。体を動かす事は得意じゃないけど、苦手でもないし、好きだからたまに透真たちの遊びに入れてもらった事もある。
 でも、そんな透真だって小さい頃は観月たちと遊んだ後にお父さんに稽古を付けてもらったりしてた。それは眺めてたから良く知ってる。
 だから透真だって、お父さんの背中を追うために一生懸命に動いている。
 ……観月は、観月だけが、このままでいいわけがないのだ。でも、そんなすぐに変われるわけじゃない。
 そんなすぐに体力がつくわけじゃないし、能力が扱えるわけでもない。強くなるわけもない。
 でも、それでも。
 いきなり肩をぽん、と軽く叩かれてびっくりして思わず観月の肩が跳ねた。叩かれた方を見ると、観月の遥か先を走っていた透真だった。
 もう一周差も付けられちゃったのか。はやい。
 透真は観月に向かってにっと笑うと、観月の方に首を向けながら観月を追い抜く。

「観月お先!」
「そんな早さだとバテちゃうわよ」
「だーいじょうぶだって!」

 透真はもう一度笑うと、前を向いて走り出した。よく見れば透真の少し先に竜斗くんもいる。いつも眺めてた背中を眺めるのが、なんだかすこし悔しかった。
 男女の差だとかそんな事は言っていられない。戦闘をする場所に立ったら、そんなものは関係ない。

「……変わらなきゃ」

 少しずつでいい、できる事をやらなきゃ。
 少しだけ足を動かすペースを早める。少し、苦しいぐらいでいい。今はとりあえず体を動かして、前に進みたかった。
 というより、前に進んでいるという実感が欲しかった。今は、とりあえず走れば終わりという前があるから。それで誤魔化しているのはわかりきっている話だけど、いつの日か、どうにかしなきゃいけない事は確かだから。
 三周目に入る。大分息も上がってきて、少し苦しくなってきたけど、まだ全然大丈夫。残りの体力もまだまだだ。
 ここで出しきったら駄目なのは分かってるけど、今は感情を抑えきれるほど冷静でもない。
 熱くなってる自覚は観月自身にもあった。透真もそうだけど、観月もあんまり透真の事は言えない。頭に血がのぼればかっとして色々言いたい事を言ってしまうし、その辺は一緒にいる透真と同じだ。
 沙綾ちゃんが観月を抜いた。これで沙綾ちゃんとも一周差だ。
 さっきまで考えてて、考えというか、感情が固まったからだろう。なんだかどうしようもなく悔しかった。
 歳の差とか、家の育ち方とか、言い訳は色々とできるかもしれないけど、今はそれを言う気分でもなかった。ただただ悔しくて、前を走るチームメイトの背中が離れて感じた。
 どうにか、どうにかしたい。
 十周目、ラスト。いつもよりも気合を入れて走っている分、脇腹が痛い。
 呼吸も大分荒くなってきた。それでもいつもよりも終わるのが早い自覚はあるだけに、諦めたくない、このまま頑張りたい。と動かす足を余計に早める。
 元々、観月は負けず嫌いな性分ではあった。けど、ここまで負けず嫌いだったっけ。と考えて思わず自分に対して苦笑が漏れる。
 透真と随分長い間一緒にいたから、うつっちゃったかな、なんて。
 観月よりも大分先を走っていた透真と竜斗くんは、もうとっくに走り終えて休息を取っており、香折先生の出した次のメニューに手をつけているところだった。
 沙綾ちゃんは今丁度休憩中らしい。観月はまだあと一周残っている。
 目に見えて明らかな三人との差に拳を握る力が強くなる。爪が食い込んで痛いとか、そういう事を考えている余裕も今の観月にはあまりなかった。
 ただただ足を動かす。脇腹が痛い、気にしない。手が痛い、気にしない。
 そのまま走り続けて、残り半周にさしかかったところで、観月の足は無意識に更に早まる。前にいた女生徒を一人追い抜く。景色が流れていくのを横目に、下を向いていた目線を前に上げた。前だけを見て、走る。
 前に出した右足がスタートラインを踏んで、ようやく十周のランニングが終わった。徐々にスピードを下げて、最終的には歩いてトラックから掃ける。
 次にやる事にもう取り組んでいるチームメイトを眺めた後、香折先生に終わった事を報告して「次これな」とメニューの書いてあるプリントを受け取り、休憩するためにも一度汗を流そうと、置いておいた荷物の中からタオルを取って水道へと歩き始める。
 走り終わったとはいえ、照りつける太陽と火照る体という条件が重なってめちゃくちゃ暑い。
 水道まで歩いて水を飲んでからようやく一息つけた。
 そのまま少し顔を洗って、さっぱりしたところで持ってきたタオルで顔を拭きながら、チームメイトの元へ向かうべく歩き出す。
 香折先生は各自のペースで、と言っていたし、それを破る気も、破る体力もないから、のんびりと歩きながら、紙面に目を落とした。
 次のメニューは案の定筋トレで、回数は最低回数と書いてある。この回数以上にできる人はやればいいし、できない人は無理せずという事なんだろう。
 一通り目を通してから、顔を上げる。そこでは私達と同じ、在籍一年目である人達が鍛錬をしている。
 観月と同じように休憩をしている人や、まだトラックを走っている人は、筋トレをしている人よりも全然少ない。ああ、やっぱり、と観月は思わずにはいられなかった。
 それでもすぐに頭を横に振ってその思考を振り払う。やる気だけがあっても、それは空回りしてしまえば無駄な事だ。
 すぐに変われるわけがない、そう言っているのはまがいない自分なんだから、焦らない。
 両手で頬をぺちんと叩く。よし、大丈夫。気合十分。
 透真と竜斗くんはもう筋トレを終えたのか柔軟に入っていた。たかが十周ちょっと走り続けただけでこれだけ疲れてたら世話ないよね、うん。
 実際の戦闘じゃ何分戦い続けるか分からないもの。
 沙綾ちゃんのところまで歩いて観月が「隣いい?」と聞くと沙綾ちゃんは笑って「どうぞ」と言ってくれたから、隣に座る。
 筋トレの回数を見て、やった事のない回数に眉間に皺がよりかけるけども、まあ頑張るしかない。
 がむしゃらにでも、頑張るしかないんだ。私なんてただの一般人なんだから、せめて皆のお荷物にならないようにしなくっちゃ。
 透真の夢のためにも、私が足を引っ張るわけにはいかない。
 頑張る、頑張ります。えいえいおー。
 心の中でもう一度気合を入れてから、観月はそのまま次のメニューに取り組んだ。
 ……その日の夜、いきなり頑張り過ぎた事に割と後悔した事は、心の中にしまっておく。

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