04 [ 11/50 ]


「ごちそうさまでした!」

 パンッと透真の両手が勢い良く合わせられる音と、透真と観月の声が重なった。食い終わって空になった食器をカウンターの傍にある返却口に返してから、鞄を背負って食堂を出る。
 すると、丁度前を歩いている生徒に見覚えがあった。観月と一度顔を合わせてから、小走りでその人の背中に駆け寄る。

「おーっす沙綾!」
「こんにちは沙綾ちゃん」
「わっ、何だ透真と観月か!」

 背中をぽんと叩いて後ろから顔を出すように声をかければ、沙綾は少し驚いた顔をしてから、透真たちに向けてへにゃっと笑った。

「なんだ、二人とももうご飯は食べたのかい?」
「おう、沙綾は?」
「アタシも食べたよ」
「そっかー」

 沙綾を挟むように透真、沙綾、観月と並んで歩いて、午後から学院裏の森を使わせてもらうために生徒課の方に向かう。
 学院の裏には学院の所有する山があって、許可さえもらえば、定期試験や実践演習で使う立ち入り禁止区域以外の所は自由に使える。
 その目的はサバイバルの演習だとか、色々あるが、やっぱり能力を使うのにあたって利用する人が多いらしい。
 森の奥の方に行くと、卒業した先輩とかが使っていたのが分かる跡が残っているのは、結構見かけるだけでも面白かったりする。
 何食わない世間話をしながら、廊下を歩いていると、ふと生徒課の受付の近くに青い髪を持った男が目に入る。片方だけ長めのもみあげの毛先は黄色で、青と黄色の中間はグラデーションになっている。言うまでもない、アイツである。

「こんにちは竜斗くん」
「あぁ」

 すっと透真をけん制するように透真の前に出た観月が笑いかけながら、そう声をかけるが、竜斗はそっけなく一言返して、観月の顔を一瞥しただけだった。

「許可はもう取った、行くぞ」

 そう言って先に歩き、背中を見せる竜斗に少しむっとするが、どうせこの後の特訓やらこれからの学院生活、こいつと嫌でもそういった事は一緒にやらねばならないのだ。一々態度に出してもしょうがない、と腹の奥に引っ込める。
 いけすかない竜斗の背中を追いかけて、透真たちは北門を越え、今日の特訓場所である学院の所有する森に辿り着いた。
 青々と茂る草木を踏みしめながら、入り口から少し奥に入った所で立ち止まる。

「それじゃ、後は各々……」
「待った」

 いつもならこの後は各自好きなように、って事で解散するんだけど、透真は気になった事があるだけに解散しかける沙綾と竜斗を引き止めた。二人の足が止まる。

「そういえば俺さ、お前らの能力知らないんだよ。折角だし教えてくれてもいいんじゃね?」
「そういえばそうだね。観月ちゃんは左手首の見える位置に紋章があるから黒の能力なんだなって分かるけど」
「確かに……。思えば私も透真のくらいしか分かってないや」
「だろ?チームなんだし、それぐらいは知っておいた方が良いだろって思ってさ」

 ちらり、と竜斗を見れば、竜斗はそれもそうだったな、と一言吐いた。
 誰から行くか、という空気になったところで、竜斗が、ぐいっと着ていた長袖をまくりあげた。そこには丁度竜斗の髪の色と同じ青と黄を加えた紋章が存在している。

「見て分かる通りだ。俺は青と黄。詳しい事は……そうだな」

 竜斗はそう言うと自身のポケットから小さなコルク瓶を取りだした。中には水だろう透明な液体が波打っている。
 蓋を片手で開けると、中の液体が竜斗の右手の動きに沿って瓶から飛び出して、ふよふよと瓶に入っていた時の形を保ったまま、空中に浮く。
 コルク瓶をまたポケットにしまうと、竜斗は話しながらその液体を操る。

「まずは質量」

 そう言って竜斗が右手を動かすと、浮いている水の量がぶわっと一気に増えた。

「次に形、温度」

 ふわりふわりと浮く透明なそれは、竜斗が両手を広げるように動かすと、棒状に伸びて先が刃物のようになっている――いわゆる、槍の形が近いと思う。
 続いてそのまま数秒すると、槍の形をした水は凍って、氷の槍が生み出された。竜斗がそれを軽く振ってから、再びコルク瓶を取りだす。
 氷の槍から液体に、液体は元の量に戻ってコルク瓶に収まると、竜斗は蓋を閉めて自分のポケットの中に放り込んだ。

「こんなもんだ、ちなみに黄色の方は」

 すっと竜斗の右手が持ち上がる。前方に手を伸ばすような状態になった竜斗の右手から、バチバチという音と共に何かが光ったかと思うと、透真の後ろにあった樹からばちんっという音が聞こえた。
 慌てて振り向くと、枝が一本折られて、ガサガサという草木の擦れる独特な音を響かせながら落ちた。

「電撃を飛ばせる。俺は以上だ」

 そう言い終わると竜斗はちらりと観月を見た。観月はその視線に気付いて、えっと、と少しどもりながらきょろきょろと辺りを見回す。
 多分重力を操るのに丁度いいものを探しているんだろうな、と思いつつ透真も辺りを見回すが、役に立ちそうなものはない。
 しょうがないか、としゃがんで土に手を触れる。
 地面から鉄分を借りて、手のひら大の鉄球を生み出す。それなりに重いこれなら、ある程度は分かりやすいだろう。

「ん、観月」
「あ、ありがと」

 「それなりに重いから気を付けろよ」と忠告してそれを観月に手渡して、観月が受け取る。
 観月がその鉄球をじっと見つめながら、竜斗に「沙綾ちゃんにも回して」と言いながら渡した。
 透真が観月に渡した反応で、それなりに重量があると分かっていたんだろう竜斗が、その鉄球を受け取って驚いたように少し目を見開いた。
 続いて、この軽さなら問題ないと判断したんだろう、沙綾に投げ渡して、沙綾が慌てて受け取って驚く。

「持ってもらった通り分かると思うんだけど、私の能力は黒で、重力を操る能力。と言ってもまだあんまり上手くは使えないんだけど……」
「へぇ、すごいね。その辺に売ってるゴムボールみたいだ」
「逆に重くする事もできるんだけど……放り投げてもらってもいいかな。危ないから」

 沙綾が頷いて、鉄球を放り投げる。そして鉄球が地面に触れた瞬間、明らかに元の重さを考えてもおかしいくらいに地面にめり込んだ。沙綾がそれを持ち上げようとするが、持ち上がらない。

「こんなところ。デメリットはあんまり使った事ないから分からないんだけど、今のところ長時間使うと頭痛がするくらいかな……。一応人にも使えるんだけど、動きが予測できないものとか激しく動くものとかは集中するのが難しくて……」

 観月はそう言いながら苦笑して「私はこれだけ」と言うと沙綾に目配せした。
 続いて沙綾が、履いてた膝下くらいまでのズボンの左足側をぐいっと膝上まで上げると、丁度膝の真下くらいに緑色と紫色のついた紋章が表れた。

「アタシの能力は緑と紫、なんだけど紫はちょっと実践するのは危ないからな、一応目に見えた変化としては分かりやすいし見せるだけで。ちなみに爪から毒液を出す能力だよ」

 沙綾が右手の爪を透真たちに見えるように持ち上げる。沙綾の爪がいかにも毒があります、といったような紫色に染まり、先は尖っている。見るからに危険な様子だ。

「こんな感じで能力を使う時だけ爪が紫になって尖る。あとは切れ味も良くなるかな、毒を打ち込むためなんだけど皮膚くらいだったら切れるよ」

 そう言うと沙綾は、足元からさっき竜斗が枝を落とした衝撃でこっちに舞ってきた葉っぱを拾い上げる。
 透真たちに見えるように左手で持って、落とした葉っぱに対して右手を素早く振ると、葉っぱは真っ二つに切れた。
 切れた葉っぱの断面から黄色に似た色の液体が滴る。

「ちなみに毒は麻痺毒。量にもよるけど下手したら手とか動かなくなる位には麻痺させられる」

 葉っぱから沙綾の右手に視線を戻すと、既に沙綾の爪は元の人間らしいピンク色のものに戻っていた。
 沙綾が「あとは」と続けて左腕を上げる。

「緑は腕をつる状の植物にできる」

 沙綾の左腕が少しうねったかと思うと、肩から三、四本くらいの太めで、柔軟性のあるつるになった。そのつるは、それぞれが意思を持っているかのようにうねうねと動く。

「まだ両腕はできないんだけどね。まぁアタシの戦い方的に両腕これにしちゃうのは合わないし別に良いけど」

 なんというか、見た目からしてやばそうだ、と透真は思った。
 紫の能力といい、見た目がここまで変化する能力は初めて見ただけに結構驚いた。

「ちなみに伸びる」

 笑って言う沙綾とは裏原に、左腕だった植物はなんと言うか、もうえげつないような動きをしてひゅんと伸び、落ちた枝に巻きついたかと思うと短くなった。
 沙綾の左腕が元の人間のものに戻っており、手には枝が握られている。

「アタシはこんなところだ。で、透真は?」

 枝をそのへんに放り投げた沙綾にそう言われ、三人の目が透真に向く。透真は「あぁ!」と答えてから、しゃがみこんで土に手を触れた。
 できあがる形をイメージして、さっきより少し大きめの鉄球を作り出す。綺麗な丸じゃないのは、俺がまだこの能力をちゃんと扱えていないからだ。

「俺の能力は茶で、さっきもこれ作ったけど、鉄分から鉄を作り出すんだ。まだ難しい形は全然できねえけど。あ、あと作り出した物をまた別の形にすることもできるぜ」

 手に持っている鉄球を猫の形に変える。
 ……まあ、できあがった物はすごいお粗末な、猫だけど絵が下手くそな人が描いたような随分不恰好な猫になってしまったが。

「俺の能力はこれだけだ」

 ぽい、とその辺に鉄の不恰好な猫のような置物を放り投げる。全員が能力の紹介も終わり、少し沈黙が訪れた。

「能力の使い方が今は駄目でもそのために授業があるからな。それじゃあ後は好きにしろ」

 竜斗はそう言うと森の奥へと歩いていき、緑に溶けて消えていった。
 続いて、沙綾も「じゃあ私も」と言って竜斗とは別の方向へと歩いて姿を消す。その背中を眺めてから、透真たちはどうしたものか、と観月に向き直る。
 観月が困ったように笑った。

「こうやって自由にしてもらってるけど、私はいまいち何したらいいのか分からないんだよね。透真みたいに体術もできないし、能力もデメリットがあるからそんなに長い間使えないし」
「それはしょうがねえよ。俺らに比べて特殊な分黒の能力はデメリットでかいって聞くし」
「近い内に対抗戦も始まるから使えるようにしておきたいのは山々なんだけど、どうにも難しくって」
「能力違うと鍛え方っつーか、その辺変わってきそうだもんな。まあ、あれだ。俺に手伝える事があったらすぐ声かけてくれよ!」

 そう言ってドン、と力強く胸を叩く。ちょっと力加減を間違えて苦しかったが、それは我慢した。
 観月はくすりと笑うと「ありがと」と呟いた。

「とは言っても俺もどうするかな……」

 距離が近い状態で特訓を始めては危ないから、と観月と少し離れて、透真は透真でやるべき事を考える。
 鉄を生み出す能力、これはきっとかなり便利な能力である事は確かなのだ。
 なんといってもどこでも武器が作り出せる。とは言っても、透真がまだ上手くコントロールできていないせいで、武器とは呼べても刃物と呼べる物は出来上がった事がない。
 ためしにかがんで、地面に手をつけてそこにできたものを引き抜く。
 片手で扱えるほどの大きさの剣に見えるそれは、一見すると剣に見えるかもしれないが、大分シンプルなものだ。それに――
 丁度落ちてきた葉っぱを狙ってその片手剣をひゅっと薙ぐ。が、葉っぱは切れる事なく、葉っぱと剣がぶつかった時にぺしっと乾いた音を立てて、本来落ちるべき場所から少しずれて地面に落ちただけだった。
 だよなぁ、と透真は大きい溜め息をつく。
 片手剣の刃である部分にすっと指を滑らせるが、指は切れない。ちゃんと切れるような代物を作り出せた事がないというのは、中々に問題だと思う。

「これはしばらくの課題だよなぁ」

 呟いてから、がっくりと肩が落ちてしまうのもしょうがない事だと思う。
 しょうがないだろ、うん。
 基本的に透真が扱い慣れているのは双剣だ。それは昔から討伐団院である父親に稽古を付けてもらっていたからなのだが、その双剣も切れなきゃあまり意味はない、気がする。
 そもそも切れない双剣とか剣というのは格好悪い。
 その後はしばらくどうにかならないものか、と自分の能力と格闘を続けてみたけれど、どうにもやっぱり上手くいかなくて、諦めるのは非常に気に入らないがこのままやっていても無駄だと判断し、大人しく体術の特訓に切り替えた。
 あーあ、せめて同じ能力の奴がいればコツとか聞けるのかもしれないけれど。
 透真がそう思うのも、無理ない話だった。

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