03 [ 10/50 ]


 頭の中で何回か、聞き慣れたような学校独特のチャイムの音が鳴って、なんとなくぼんやりしていた意識がじわじわと戻ってくる。
 はっとして辺りを見回せば、どうやら一限目の授業が終わったらしい、前の教壇に立つ琉生先生がてきぱきと授業の後片付けをしていて、「それじゃあ次の時間も頑張れよ〜」と間延びした言い方で言葉を残して、教室を出ていった。
 どうやらこの間の記憶を呼び起こしている間に寝てしまっていたらしい、。透真も周りに合わせて、広げていた筆記用具やらノートやらをまとめて鞄に放り込むと、次の授業の教室に向かうべく立ち上がる。次の教科は、確か――

「透真?何ボサっとしてんの、次は櫻井先生の授業よ」
「今思い出して動こうとしてたんだっつーの」
「あらそれはごめんあそばせ」

 観月と軽い憎まれ口を叩き合いながら席から立ち上がり、鞄を肩にかけて教室を出る。
 櫻井先生の授業か、あの人寝てたら起こしたりとかしないけど、観月が言うには睨んでるらしいし、絶対減点されてるんだよな……。今日こそ頑張って起きてみるか。
 透真がそう気合を入れて、フン、と鼻を鳴らせば、隣を歩く観月からじっとりとした目を向けられる。何だその目、と透真もじっとりと睨み返すと、観月は溜め息をついて、前を向いてしまった。何だよ。

「透真ってほんと分かりやすいよね、なんか」
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味!ほら、詰めて詰めて」

 話している間に目当ての教室に辿り着いて、しかもいつも狙って座っている一番後ろの窓際の席に座る。
 その横で観月が詰めろとぐいぐい押してくるので、観月の分の間を空けてやると観月が隣に座った。
 まだ授業はすぐに始まらない時間だというのに、真面目な観月は座るとすぐに鞄からノートやら筆箱やらを取り出して、使いやすいように机の上に整頓して並べた。それを横目に見ていた透真も、なんとなく観月に習って筆箱やらを出して乱雑に置いておく。
 隣で観月がぱちくりとまばたきをした。

「珍しいわね、透真があらかじめ用意しとくなんて」
「馬鹿にすんなよ、俺だってたまには真面目にやるんだよ!」
「明日は雨でも降るのかしらねー」
「聞けェ!」

 ぎゃいぎゃい透真が文句を言って観月があしらい、観月が口うるさく言ってきた言葉を聞かない振りして、透真があしらう。
 小さい頃から幾度となくやってきて、もう手馴れたもののようなやりとりをしていると、教室の前の方、というか黒板寄りの扉が開かれる音がして、櫻井先生が現れた。
 その顔はなんというか、やっぱり学院というよりは討伐団にいた方が似合うんじゃないか、といった感じの顔で、いつ見てもやっぱり見てておっかないよな、と思わせる雰囲気がある。
 いかにも真面目で厳しそうな櫻井先生がすっと腕時計を確認したので、つられて時計を見ると、どうやら授業開始までもう数分のようだった。
 前でてきぱきと準備をして、準備をすぐに終えたんだろう櫻井先生が、生徒に話かけられているのを頬杖をつきながらのんびりと眺める。
 あ、あしらわれた。
 生徒があしらわれて、渋々席に座ったタイミングで、授業開始のチャイムが鳴る。
 櫻井先生は厳しいっていうか、そういうとこしっかりしてるっていうか。そういうところでも減点してきそうな雰囲気もあるからか、基本的に櫻井先生の授業では皆授業開始のチャイムが鳴る前に着席していた。
 そのまま透真たち生徒の事を一通りぐるりと見回すと、授業に入った。チョークが黒板を叩く学校独特の音と共に、黒板に文字が生み出されていく。
 櫻井先生が教えているのは、魔物の生態系に関する事だ。魔物がどういうところに出るとか、こういう魔物がいる、だとか。
 一年目の透真たちが教わるのは本当の本当に基礎といった感じの内容で、知っている人も多いだろうから復習という意味合いがあるのかもしれない。大半が知ってる事だろうけど、知らないことがあったり、知らない人もいるかもしれないし。細かい事は透真には分からないけど。
 隣から小突かれてそっちを見る。観月が透真のノートをとんとんと指で叩いた。
 観月の顔を見れば「今日は真面目にやるんでしょ」とでも言いたげな顔をしてる。気がする。
 正直に言うと既に割とめんどくさくなっているが、渋々筆箱を開けてシャーペンを取り出し、櫻井先生が板書しろと言った内容をノートに写し取る。
 透真がこの魔物生物学という授業中に、この作業をしていて思うのは、他のいかにも学校で習う内容よりも、こっちの魔物に関してだとか、能力だとか、そういう内容を習っている時の方が少しはやろうと思える。
 その理由も、きっと透真自身の夢である討伐団に入るという目標に近いと思える内容だからなんだろう。
 櫻井先生の声と、チョークの音。紙がこすれる音。それらを聞きながら透真は黒板に書かれる文字の羅列を自分のノートに作り出す。
 真面目にやるとは言ったけどやっぱり飽きてきた。元々、じっと座っているだけというのはやはりどうにも性に合わない。

「――だから、清白!」
「うえッ!?はいっ!」

 まさかいきなり名前を呼ばれると思っていなくて咄嗟に返事したら声が裏返った。ある意味一限目の再来だ。隣から観月の溜め息が聞こえた気がした。

「ここに入る言葉は何だ、言ってみろ」
「……えー、っと」

 やべえ完全に話を聞いてなかった。櫻井先生が指すチョークの先の空欄を見て、その前後の文章を読む。えーっとこの文章だと……。

「ひ、人がいない場所?」
「……まぁ、そうだな。正しくは人がいないだけでなく、人気が少ない場所でも魔物は発生する。それはお前にとっても知っての通りだろうが――」

 また説明に入った櫻井先生を見て、ほっと一息つく。危ない危ない。

「何とか助かったわね」
「うっせ」

 小声で笑うように言ってきた観月に対して、こちらも小声で返して、観月が前を向いたのを見て、透真も前を向いて櫻井先生を眺める。
 魔物の生態系の説明がされていき、次に少し能力の話をしているのを聞いて、そういえば、とチームメイトの事を思い出した。
 俺、あいつらの能力とかまだ知らないんだよなぁ。
 観月の方をちらりと見る。左手で頬杖をつきながら先生の話を聞いて、黒板の内容をノートに写している観月の左手首には腕時計がつけられている。
 そして、その腕時計の下に隠れて、能力を持っている人にだけ現れる紋章が、小さく、黒色を加えて存在していた。
 観月の能力は黒――いわゆる炎とか、水とか、電気とか植物とか地面とか毒とか空気とか羽とか、そういうものに分類されない能力だ。
 かなり珍しいらしいけど、観月自身がそんなに戦闘とか得意じゃないし、黒の能力はデメリットがでかいからあんまり使う事はないらしい。
 で、肝心の能力の内容だけど、観月の能力は重力を操る能力。観月があまり使わないのもあって、制御とかは全然できないらしく、目に見える効果ってわけでもないから、一度見せてもらった事はあるものの、透真にはあまりしっくりは来なかった。結構集中力とかが必要らしい。
 一方で、透真の能力は茶だ。茶の能力っていうと地面系で、やっぱりというか、他の火をつけられるとか、水を凍らせるだとかそういうものに比べると大分地味な能力が多い。
 その中で、透真の能力は地面とか、壁とかにかく少しでも鉄分を含むものから、鉄分を少し借りて、鉄を生み出すという能力だ。それに加えて、好きな形に固める事もできる。
 本来鉄分を鉄にするなんて、かなりの量が必要だろうし、透真には考えもつかないような事だけど、そこは能力さまさまというやつだ。作り出せない、といった不便な出来事に遭遇した事はなかった。
 でも、透真はあまり細かい作業とか、調整とかが得意じゃないから――椅子の鉄部分に左手で触れて、鉄の小さなモニュメントを生み出そうとして、よく分からないアメーバを固めたような小さな鉄の塊が出来上がった――こうなる。
 自分の不器用さに思わず引きつり笑いが出る。こう、ぱっと見ると顔さえ作れば有名なゲームの、足が速いはぐれたメタルなスライムみたいだ。まぁ顔なんて作ろうとしたらこの形自体が崩れて、また別の形のよく分からないものが生まれるんだろうケド。
 小さめの消しゴム大のそれを手の上や指で転がす。
 そういえばあいつらってどっか見えるところに紋章あったっけな、と透真は考えて、残りのチームメイト二人の姿を脳裏に浮かべる。
 確か沙綾は見えるところにはなかった気がする。でもって自己紹介の時も能力の事とかは言ってなかった筈だ。
 と、そこまで考えてそもそも一限目はそれぞれ生徒の年齢別の授業だったが、二限目であるこの授業は、学院に滞在してるチームの年数別の授業であることを思い出して、教室の中をぐるっと見回す。
 あ、あの髪色は沙綾……って、ここからじゃ見えないか。
 続いてアイツを探して、それっぽいのを見つけたけどやっぱり上からじゃ結局分からなくて、視線を外す。
 じゃあ、アイツ――竜斗はぱっと分かるところに紋章あったっけ、と姿を思い出そうとして、浮かんだのは透真を挑発してくれやがったあのムカつく笑い方だとか、初日に勝負した時に最後見せられた凶悪な笑顔だった。
 それだけでそれなりにムカついたのでぶんぶんと頭を軽く振って脳内から追い出す。だめだ、やめやめ!やめよう、考えただけで気分が悪くなる。
 考える事をやめて時計に目をやれば、授業が終わるまで半分は過ぎていたけど、まだまだすぐには終わりそうに無い時間だった。思わずはぁ、とでかい溜め息が漏れる。
 残りの時間は、文字を写す作業再開して、話を真面目に聞いている内に終わった。そのまま三限の授業も真面目に受けて、昼休みになる。
 三限目の授業終了のチャイムが鳴った。今日は珍しく、少しだけとはいえ真面目に授業を受けた分いつもより疲れた。
 透真がくーっと声を上げながら両手を組んで、ぐぐーっと背筋を伸ばせば、背中の骨がぽきぽきと鳴った。

「やーっと終わったー!」
「お疲れ様、今日は随分真面目にやってたのね」
「だーから真面目にやるって言っただろ?」
「はいはい、それじゃお昼食べに行きましょ」

 透真の話を完全に聞き流して立ち上がる観月に「ほら行くよ!」と声をかけられて、慌てて教科書やらを全部鞄に放り込んで、立ち上がってどたばたと観月を追いかける。
 三限目は一限目同様年齢別の授業だったから、透真と観月と同じ年齢の生徒となる。何人か見覚えのある奴も中にはいるから、そういう奴は学院の在籍年数も同じなんだろう、と透真は思った。
 「それじゃあ皆お疲れ様ー」と声をかけて教室を出て行く観月に習って、透真も「またなー」と教室の連中に声をかけて、教室から出る。
 背後からあまり返事は聞こえないけど、まあそんなもんか、と考えて前を歩く観月の背中を眺める。そういえば、能力の事分からずじまいなんだよな。

「今日はどうする?またこのままご飯食べてから合流にする?」
「うぇっ……い、そうだな、沙綾がどこにいるかも分かんねえし、後で合流するのは決まってんだからそれでいいだろ」

 ふと観月がくるっと体を回転させてこちらに振り向いたので、背中をガン見していただけに少しびっくりした。思わず出た変な声は、透真が話している最中に「なにそれ」と観月に笑われたが、気にしないことにする。
 透真の提案にそれもそっか、と観月は頷くとまた歩き出した。今度は後ろじゃなくてその横に俺もついて、観月の歩幅に合わせて学院内をのんびり歩いて食堂に向かう。
 途中で何人か、何度か顔を見かけた事のある人とすれ違いながら歩いていると、銀髪に金色の目をした男の人がふと気になった。初めて見る人だし、あまり学生らしくない。いや、学生らしくないけど学生な奴なんて割といるんだけど。
 そうじゃなくて、何かこう、初々しさ?
 なんていうか、どちらかといえば討伐団にいそうな感じだった。
 けどあまりじろじろ見るのもあれだし、透真としてはそんな気になる程度の人よりも、自分の空腹をどうにかする方が先決だな、とすぐに前を向いて歩き出す。
 あ、そういえば適当に作ったはぐれたメタルみたいなアメーバみたいな鉄の塊、二限目の教室の机に忘れてきた。まあいっか。

「透真、お昼ご飯何にする?」
「やっぱりガッツリ食いたいし肉だろ肉!」
「またぁ?そう言っていっつもお肉ばっかり食べてるじゃない、ちゃんと野菜とかも食べなさいよ」
「うるせーなお前は俺の母さんか何かか!」
「透真のお母さんから任されてるからね!」

 そういう観月と言い合っている間に、気付けばどうやら食堂に到着していたみたいだ。それなりに賑わっている食堂を一通り見て、二つ以上空いている席を探すと、丁度向かい合う形になるけど空いている席を見つけたので、観月に知らせてそこに座ろうと歩き出す。

「あ、ここ座っていいか?」
「……別に」
「サンキュー!」

 ふと座っている青緑色の髪色をした奴に隣が空いているかっていう確認も込めて聞けば、そっけないながらにも返事が来たからお礼を言って、席を取る意味合いで背負っていたリュックをそこに置く。
 見覚えのある奴だな、とか思いつつ話しかけたけどそっか、あれだ、年齢別の授業で確か同じ教室にいた奴だ。
 向かいにいた観月も同じように鞄を置いて、財布を取り出すのを見て、透真も観月も食堂の券売機に向かって歩きだす。
 観月はもう決まったようで、券売機の前に立って食べるものの券を買っていた。
 一方で透真は何を食おうか、と今日の日替わりメニューなどが書いてある大きめのコルクボードを横目で見る。
 ハンバーグ。
 透真の目に映ったのは日替わり定食の一つであるハンバーグ定食だった。ぐぅ、と自己主張する腹を押さえて、券売機の前に立って即決でボタンを押す。
 その券を持ってカウンターに渡して、ハンバーグ定食を受け取って、席に戻る。
 観月はもう席についていたけど、どうやら透真の事を待っていてくれたらしい。リュックをどかして、床に汚れとかないか確認してから足元に置いて、透真の事を待っていた観月と「いただきます」と一声かけてからハンバーグを箸で切り分けて、口の中に放り込む。

「あっ、だから野菜食べなさいってば」
「俺は俺の食べたいように食べるんだよ」
「何よサラダ頼むだけでいいでしょ!」

 食べ始めた頃に、観月が透真の昼飯を見てうるさく口出ししてくるが、それをスルーして黙々と昼飯を口に運んでいると、すっと皿が差し出された。
 その中には、食べかけなのであろうサラダの半分くらい残ったものが入っている。

「食べなさい」
「……はいはい、分かったよ」

 顔を上げれば怖い顔をした観月がそこにいて、こういう顔をしている時の観月は何を言っても聞かない時だから、渋々と受け取ってサラダを口に運ぶ。うん、まあ、ドレッシングが意外と美味かった。

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