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 編成されるチームは男女二人ずつの計四人で、知り合いが多い場合があるとか、そんな事は一切なくて全員初対面が多いとか、色々な話を噂程度に事前に聞いていたから、ある程度の緊張はあるとはいえ、どんな奴がチームメイトになるのか、と楽しみにしていたら、まさかの展開だった。
 今透真の前にいるのは、幼馴染が一人、あとは初対面が二人。しかも初対面の方は見るからに年上らしい。
 事前に聞いていた話を良い感じに両方回収するとは思わなかったために、透真は少し驚いていた。
 現在は編成されたチームと交流を深めろという目的で自由時間が与えられ、透真たち四人は適当なところで時間を潰そうと、丁度近くにあった椅子が四つに丸いテーブルが一つある席に腰かけたところだった。
 周りにも同じように自由時間を与えられた一年目の生徒たちがちらほらと席についているのが見える。
 交流を深めろ、と言われても何からしたものか、と透真が思案していると、幼馴染である早田観月がえっと、と声を上げた。

「じゃあまずは自己紹介で良い、ですよね!私は早田観月って言います。よろしくお願いします」

 観月はそう言いながらがたっと音を立てて少しあわただしく立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。それで、と言葉を続けて、透真の方をちらりと見る。

「一応私は知り合いっていうか、幼馴染が同じチームなんだけど……」

 そう繋げてきたので、観月に向けられた視線の意味を感じ取って、透真も観月に合わせて、椅子を引いて立ち上がる。意思が通じたのが分かったからだろう、観月はちょっとほっとしたようにすると、立ち上がった透真とは逆に観月が座った。

「えーっと、俺は清白透真。夢は父さんみたいな立派な討伐団院になることで、今言われた通り観月の幼馴染だ。よろしくな!」

 同じチームで観月ではないもう一人の女の人――外見は中性的で男にも女にも見えるが、残るもう一人がどう見ても男だから、この人は女の人、で合ってるだろう。
 女の人は小さく拍手をしてくれたが、観月が呆れたように溜め息をつくのが見えたので、むっとして「何だよ」と観月に向かって声を出す。
 するとようやく透真と観月以外の人が沈黙を解いた。女の人が小さく笑った後に悪いね、と一言透真と観月に謝って立ち上がったので、それを見て透真が座る。身長は透真と同じくらいだろうか、女性にしては高い。

「アタシは入江沙綾。可愛らしい名前とイメージが違っていて悪いね。よろしく」

 声は女性にしては低かった。沙綾は自己紹介をすると座ったのを見て、透真はまだ自己紹介をしていない男をちらりと見た。なんつーか、こう、見た目からして友達とかいなさそうな……。
 そんな透真たちの視線のせいかは分からないが、男が溜め息をついた。透真たちに続いて椅子を引いて腰を上げるが、片手はテーブルについたままだ。そんな立ち上がりかけのような状態で男は三人を一瞥する。

「……俺は、黒瀬竜斗だ。言っておくが、俺はこの学院を夢見るような場所だと思っていないし、ここを夢に繋がる明るい学院生活が送れる場所だと考えている奴が嫌いだ。それから、チームでの行動には付き合ってやるが、必要以上にお前らと関わろうとも思わない」

 先ほどまでの空気が一転して、透真たちのチーム四人の空気がしん、と静まり返った。
 吐き捨てるように言われた言葉に、透真は夢を笑われた気がして黒瀬竜斗と名乗った男を睨み付ける。すると、透真の視線に気付いたのだろう、竜斗も透真の事をちらりと見る。

「俺は特に、お前みたいな奴が大嫌いだ。清白透真」

 別にお前に嫌われようが知ったこっちゃねえよ。透真はそう言いかけたのを飲み込んで、まだ何か言いたげな竜斗に「何だよ」と返す。
 すると、竜斗は人差し指を透真の目の前に突き出した。

「討伐団に入る事を夢だと語る馬鹿な奴はな、見てて反吐が出る。ここはお前みたいな奴が夢見る所じゃねえんだよ」

 透真は、自分の目をしっかりと前から真っ直ぐに見て言ってきた竜斗に、自分の中でぶちんと何かが切れる音がした。ばんっと勢い良く机を叩いて立ち上がる。

「……まずお前が何を知ってるって言うんだよ」
「少なくともお前よりは色々と知ってる。お前は何も知らねぇ」
「だったら知っていけばいい話だろ、諦めるのも諦めないのも俺次第だ」

 声を荒げそうになるが、それを無理やり抑え込む透真を見て、竜斗は透真を馬鹿にするように鼻で笑った。

「怒らせちまったか?悪いな、夢を笑っちまって」
「テメェ!」
「ちょっと透真!」

 とうとう耐え切れなくなって、ガッと十センチほど透真より身長の高い竜斗の胸倉を掴む。透真がすぐにでも殴りかかりそうに見えたのだろう、険悪な空気に観月が咄嗟に俺の腕を掴んで静止する。実際殴りかかりそうだった左腕は、右腕を掴まれた観月によってなんとか振りかぶるだけに留まった。沙綾も観月に続いて、慌てて竜斗を透真から引き離していた。

「竜斗くんも!今の言い方はどう考えても良くないよ」

 俺の腕を掴んだまま、竜斗を軽く睨み付けるように見てそういった観月を竜斗ははっ、と嘲笑する。

「勘違いするな。さっきも言ったように俺はお前らと必要以上になかよしこよしする気はない。チームでの行動はしてやる、嫌いなものを嫌いと言って何が悪い」
「だからって、必要以上に険悪な関係を築く必要もない筈よ。……まだ決める事もあるわ、一旦落ち着いて座りましょう?」

 言い切った竜斗に観月が即座にそう返すと、竜斗は小さく舌打ちをして着席した。それを見てから観月はちらりと透真を見、もう殴らないと判断してか掴んでいた腕を離す。
 透真も渋々と振りかぶっていた腕を下ろし、席につくと、観月と沙綾は先に座った二人がそのまま座り続けるのを見届けてから、注意を払いつつ座って、話を再開する。

「……それじゃあ、えっと……リーダーも決めておけって話なんだけど」
「それなら俺で良いだろ、一度解散した身だ。ある程度の事は知ってる」
「それなら――」
「待った」
「何?どうしたの透真」

 観月が不安そうに透真を見る。おそらくだけど、透真の考えている事は観月に伝わっているのだろう、それでも気にしていられない、と透真はそのまま口を開く。

「俺はそいつがリーダーをやるのに反対だ」

 透真がそうきっぱりと言い切ると、竜斗の目が透真に向けられた。威圧するような鋭いそれを、透真は逸らす事も物怖じする事もなく真っ直ぐ睨み返す。

「いくら学院の事を知ってるって言ったってさっきみたいに吐き捨てるような奴がリーダーのチームのメンバーなんて俺はごめんだね」
「そうか、なら俺もお前のような馬鹿がリーダーのチームのメンバーは苦労させられそうだから反対だな」

 場の空気を取り戻そうとしてくれた観月と沙綾には申し訳なく思っている。それでも、透真はそこだけは譲れなかった。
 そのまま竜斗と透真が睨み合っていると、やがてそれも無駄な時間だと判断したのか、ふいに竜斗が口を開く。

「なら俺と勝負しろ清白透真。お前が如何に何も知らなくて弱いのか教えてやる」

 煽るようにそう言った竜斗の目を見据えて、透真は立ち上がる。透真を見下す青色に、負けじと透真も吐き捨てた。

「望むところだ!」

 先生に頼んで、生徒課に受付をして借りたフィールドに竜斗が入り、それに続いて透真も柵を越えてフィールドに入り、審判というか、開始の声かけとして観月が透真の後に続く。

「それじゃ、準備はいい?二人共」
「ああ」
「おう!」

 観月はまだ不安そうに透真を見ているが、二人の返事を聞くと諦めたように二、三歩下がった。観月がすぅっと息を吸う。

「試合開始!」

 観月の声が辺りに響いたと同時に透真はバックステップで距離をとる。
 俺の能力で行くならまず武器を作り出さないと――

「遅ぇよ」

 自らの茶の能力で武器を作り出すために、地面に手を付けようとした瞬間、そう声が聞こえて透真は咄嗟に地面に落としていた視線を上に向けた。透真の目の前にはもう竜斗がいて、いつの間に距離を詰められたんだ、と動揺しつつ思わずのけぞったが、もう遅い。
 竜斗のひざ蹴りが思いっきり透真の顎に入って、透真は成す術もなく後ろに吹っ飛ぶ。
 観月の声だろうか。「透真!」と名前を呼ぶ声が遠く聞こえて、地面に背中を強く打ちつけられ一瞬息が詰まる。しかし、咄嗟にその勢いを殺さないまま後ろに転がって、膝をついた体勢になる。竜斗は、と真正面を見ればまた竜斗は透真に向かって突っ込んできていた。
 慌てて立ち上がり、繰り出された右の拳を右手で外側に流す。さっきのは不意を突かれたけどしっかりと見ていればこんな奴――!
 続いて顔面に向かってきた左の拳を背筋を仰け反らせて回避して、その勢いのままバク転をしてまた竜斗と少し距離を取る。武器を作り出すためにも能力を使いたいが、イマイチ使う暇もない。
 お互いに構えたまま、じりじりと二人で円を描くように移動して、竜斗に突っ込むチャンスを図る。……それにしても、

「お前、何で能力使わないんだよ」
「使う必要がないからな」

 透真が思った疑問を口にすると、竜斗にそう即答される。舐めた真似しやがって、と透真は思わざるを得なかった。そっちがその気なら――透真がそう思ったのもつかの間、お互いの距離を図っていた状態から竜斗がまた透真の方に走り出して距離を詰めてくる。
 どうする、またこのまま格闘で迎え撃つか、それとも一旦距離を取ってから能力を使うか――透真の脳裏に多くはないとはいえ、様々な対処法が浮かび上がる――いや!

「そっちが素手ならこっちだって素手だ!」

 駆け寄ってきた竜斗の右の拳が引かれているのを見てまた右手でのパンチか、と透真も右手を構える。が、この時の透真は明らかに思考が足りていなかった。そもそも、防戦一方である現状で、竜斗の強さと透真の強さに差がある事を判断できてない程に興奮していて、落ち着いていなかったのかもしれない。
 現にこの時の透真は、お世辞にも落ち着いているとは言えない状態だった。

「やっぱりお前は馬鹿だよ清白透真!」

 竜斗が叫ぶように笑みを浮かべながら言って、透真にしかけてきたのは正面からのパンチではなく、下からの蹴りだった。想定外の事に透真が咄嗟に事に受け切れる事もなく、もろに透真の腹部に重い衝撃が圧し掛かる。
 そのまま何発もラッシュを叩きこまれ、透真は開始の時同様吹き飛ばされ、地面に倒れた。
 すぐに起き上がろうとしたが、後頭部を強く打ったのか、視界がちかちかと眩んで中々体が動かない。
 透真の顔のすぐ横に影が降ってきたので見えたが、視界が眩んでいるためその正体が何かも分からず、そのまま少しの間そのままじっとしていると、やがて眩んでいた視界が戻ってくる。そこで、ようやく透真は降ってきた影が竜斗の足である事に気付いた。トドメと言わんばかりに透真の顔のすぐ横に竜斗の左足がある。

「言っただろ?お前は弱いってな」

 そう言って笑う竜斗の顔は、正直悪魔以外の何物でもなかった、と透真は思った。随分凶悪な笑い方してるじゃねえかよ、お前。
 透真!という声と共に誰かが走ってくる音が聞こえて、そっちを見やれば、観月と沙綾がこっちに駆け寄ってきていた。

「透真、大丈夫!?」

 竜斗の足がどき、竜斗が数歩下がったところに観月に抱き起こされ、おう、と返しながら自分で起き上がり、竜斗を見る。
 竜斗もこちらを見ており、目が合った。

「俺の勝ちだな、俺がチームのリーダーをやる」
「……好きにしろよ」

 正直な話をすると、もう一度勝負しろ、とか勝負に買っても俺はお前を認めてない、とか色々言いたい事はあったけれども、所詮は負け犬の遠吠えだ。それに、竜斗は透真よりも強い。それは、薄々感じ取っている事でもあった。
 何とか声を絞り出して吐き捨てると、竜斗は満足そうにふん、と鼻を鳴らして立ち去った。

「……ちっくしょう」

 滲む視界に腕を置いて、それをぐいっと拭って空を見上げる。透真の今の気分に似合う曇天だった。
 とりあえず保健室に行こう、と観月に支えられて立ち上がる。格好悪いったらないが、全身が痛い上に腹にラッシュを喰らって未だに少し苦しいのもるからこの際そういった事は気にしないことにして甘えさせてもらう。
 それでも観月だけでは支えきれない事もあって少しふらつくと、反対側から沙綾も肩を貸してくれた。
 あーあ、なんだよ俺、意気揚々と勝負に応じて負けて、女の子二人に肩を貸してもらって。情けないったらありゃしない。きっと父さんに見られたら盛大に笑われることだろう、そこまで考えてから、透真は小さく笑った。
 それでも、悔しさは時にバネになる。ならこの悔しい気持ちはバネにしてしまえばいい。
 それは小さい頃から透真が父親に言われていた事だった。口癖のように言われたそれは、今でも覚えている。
 何とか保健室に辿り着いて、先生に見てもらおうと思ったのだが、保健室のアルバート先生は「男は見ません。帰れ」とだけ言って、しっしと手を振られた。
 いや、普通に体痛ぇんだけど。と口を開こうとしたが、アルバート先生の後ろに立っていた白髪の見覚えのない女性がアルバート先生をたしなめて、何とか治療をしてもらえた。
 ――消毒とかの時全然容赦してくれなくてすっげえ痛かったけど。
 ありがとうござました、と一言声をかけて保健室を出る。観月と沙綾の二人はここに来る時同様肩を貸してくれようとしたが、もう大分呼吸も戻ってきたし、怪我の治療もしてもらったから、と断った。何よりこれ以上されると流石に凹みそうだ。
 広い学院内を三人でぽつぽつと歩く。その間は二人も、透真も、ずっと黙っていた。

「観月、俺さ」

 「ん?」と観月が透真を不思議そうに見る。
 その観月の目を真っ直ぐに見返すと、透真は黙って歩いている間に考えた事を口に出した。

「俺、もっと強くなる。討伐団に入る事が目標で、夢だからそれは当たり前なんだけどよ。俺は、絶対竜斗より強くなってみせる」

 途中でぐっと拳を握りしめてから、観月の顔をもう一度見て、透真がそう言い切ると観月は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。

「…うん、それでこそ透真よね。応援してる!」

 透真の右手に観月の両手が重ねられ、「まぁ、私も強くならなきゃだけど」と苦笑した観月に、にっと笑いかける。お互い頑張ろうぜ!と声に出して握った拳を観月に差し出せば、観月は「うん!」と笑って透真の拳を右手で受け止めた。

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