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 現在の時刻、八時五十六分。デジタルの時計だから瞬時に見て判断しただけであって、実際の時間は五十八分だったりするかもしれないが、いつまでもそれを見ている暇などなくて、目の前にやっていた左腕をすぐに走る為のバネにするために振る。

「何で寝坊したんだよ俺えええええええ!」

 自分への怒りは嘆きへと変わって、大きな声となった。走っているために上がる息と共に音となって辺りに響き渡る。
 それによって周りの人々の視線が集まる気配を感じ取るが、正直それどころじゃない。そんなもんを気にしている暇は透真にはない。それよりも現在遅刻するか否かという瀬戸際のほうが一大事だ。
 走る速度が早まる。勢いよく地面を蹴っては着地しての繰り返しのそれは、今の勢いとなっては最早跳んでる、と言った方が正しいかもしれない。やべ、今なら風になれる気がする。
 討伐団養成学院。それに入学するにあたって実家からはそれなりに遠く、幼馴染も入学するからと学院が用意している学生寮に入ったのはいいものの、男女混合寮というものに入る事もなく、幼馴染とはそれぞれ男子寮と女子寮に入ったわけであって、しかも透真は一人部屋だ。となれば起こしてくれる人もいない。というか、幼馴染から起こしに行こうか?と声をかけられたが、全力で断っておいた。
 何度鳴ったのかは寝ていたために分からないが、何度目かの目覚ましでようやく起きた時には長針はもう十一という数字を指していて、そこから慌てて着替えて学生寮を飛び出し、今に至る。
 学生寮から走れば三分切れる程の近さとはいえ、あのクソみたいに広い学院内を走り回って教室に向かわなければいかないわけであって、それに加えてしかも透真は今、ようやっと校門を越えて学院の敷地内に入ったところだった。正直講義開始に間に合う自信はない。
 更に足の回転数を上げて昇降口から入り、自分の教室まで走り続ける。既にスピードは限界まで来ているせいで、少しでも気を抜けば足をもつれさせて転びそうだし、ここまで全速力で走り続けてきたせいで透真の横っ腹は既に悲鳴を上げていた。
 正直に言うともう諦めたい。
 諦めて走るのをやめたい、けど目的の教室まであと少しだしまだチャイム鳴ってねえし……ッ!
 ここまで来たら諦めたくないと謎の意地を貫き通して目的の教室も近く、廊下を曲がった所で講義開始のチャイムが鳴り響いた。待って待ってマジで勘弁してくださいマジで。
 そこでようやく目的の教室に辿り着いて、透真は勢い良くドアを開けた。

「セーフ!」
「残念だったな清白、アウトだ」
「マジかよぉ!?勘弁してよ琉生先生!」

 透真の嘆きを聞くと、琉生先生はにやっと笑ってなんちゃって、と続けた。
 本日の一限目は英語であり、基本自分たちの受ける英語の授業は琉生先生が担当している。

「本来ならアウトなんだけどな。俺はなんてったって心優しい琉生先生だから許してやろう。正直俺もよく遅刻はしたしな」
「よっしゃ!サンキュー琉生先生!」
「良いから席に着け。でもって発音がなってねぇぞ清白。Thank youだ」
「せ、センキュー?」
「Thank you」
「セ、サ、サンクュー」
「Thank youだつってんだろ。まぁいい座れ。そんじゃー授業始めるぞ〜」

 そう言うと俺にほれほれはよ座れ、と言った後琉生先生は黒板に向かい、カツカツとチョークを滑らせる。
 それを尻目にいつも空いている席に鞄を置き座ると、隣に座ってる幼馴染の観月が小さく声をかけてきた。

「寝坊でしょ、透真」
「ぅぐっ、何で寝坊って決め付けられるんだよ……」
「違ってたら今否定するでしょ」
「確かに寝坊だけどよ」
「ほらやっぱり」
「うっせ」
「やっぱ私が起こしに行った方が良いんじゃないの?」
「はぁ!?いいよやめろって恥ずかしい!」
「ばか声大きい!」

 透真の口からあ、と小さく声が漏れる。観月の忠告も遅く、虚しく透真の耳に届いただけで、黒板に向かっていた琉生先生が透真の事をちらりと見た。

「今のお前の状況の方が恥ずかしいからな清白?」

 教室に入ってきて会話した時と同じような何か思いついたような意地悪な笑みを浮かべられ、けらけらと笑いながら言われる。教室にもくすくすと笑いが起こり、顔が少し熱くなるのが分かった。
 あはは、と笑って誤魔化しながら、チクショウこれも観月のせいだ、と観月をじとっと睨み付ければ観月は自分のせいでしょ、と言いたげに透真をちら見して、琉生先生が黒板に書いた文字をノートに写していた。
 気まずくなって、透真もここでようやく鞄を開けて中からノートと筆箱を取り出し、ノートを広げて黒板の内容をノートに写す。
 といっても、基本的にじっとしている事は性に合わず、細かい作業が特に好きなわけでもない透真はすぐに飽きて、ノートに写し取る手を止めた。
 持っているシャーペンをくるくると手の上で回しながら、ペン回しの新技開発でもしようかと思い、行動に移そうとしたところで、透真の目に届くように隣からすっと手が伸びてきたのでそっちに目線をやる。
 伸びてきた手が差し出していたのは紙切れで、広げると勿論その手の正体は観月だから、見慣れた観月の文字が書かれていた。
 「本当に大丈夫?」という文字。紙切れを受け取って、持っていたシャーペンでその文字の下に「俺を信じろよ」と書いて観月に戻す。
 次に返ってきた言葉は「信じた結果が今日なんだけど」――中々痛いところを突かれた。
 とりあえず話題を変えるためにもと「そんな事より今日の特訓はどうするんだよ」と書いて返す。あからさますぎたのか隣からじとっとした視線を送られている気がするが、それには気付いてない振りで見ない事にしておいた。
 かさりという乾いた音がしたから逸らしていた視線を戻してまたもや差し出された紙切れに目を通す。「きっといつも通りだと思うけど。いつもの場所についてから竜斗くんに相談してみる?」
 竜斗。その文字を見て思わず眉間に皺が夜のが透真は自分でも分かった。今までのよりも荒々しい字で「そうだな」と返す。
 返された文字を見て、観月が困ったように笑うのが分かった。それ以降は観月から透真に紙が渡される事もなく、なんだかつまらなくなってペン回しの新技開発もやめて黒板を眺める。
 琉生先生の手によって書かれた異国語の羅列に頭が痛くなる。
 そういえば討伐団に入ると海外から依頼が来る事もあるんだっけ。
 討伐団員であった父親から、小さい頃にそんな話を聞いたな、と透真はふと思い出した。そう考えると、英語の授業なんかは意外とあまり馬鹿にできないのかもしれない。
 ――父さん。父さんは、元気だろうか。
 頭に流れた考えを振り払うように、透真は頭をぶんぶんと左右に振ると、シャーペンを握り直して、黒板に書いてあるアルファベットの羅列をノートに写す。
 透真は、透真の目標のためにも討伐団に入ると決めていた。
 そう決めた覚悟は変わらない。あんな奴に否定されたところで絶対諦めてたまるもんか。あの、黒瀬竜斗には俺が討伐団になれる事を認めさせてやるんだ。
 思わず力が入ってシャーペンの芯が折れる。透真の脳裏には、チームが編成された初日の光景が浮かんでいた。

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