努力泣き虫 [ 37/50 ]


意識を集中して、溶けてしまった氷をもう一度作りだし、多数の氷の苦無を造る。
そのまま集中力を切らさないようにしながら、その苦無を操り的へと突き刺そうとして、苦無は蒸発して消えてしまった。

まただ。

唇をかみしめる、強く噛んでしまったのだろう、鉄の味がした。けれど、今はそれ以上に悔しさのが強くて。
どしゃっと膝から崩れ落ちて、地面を眺める。視界がぼやける、喉が熱い。
人知れないところでこの練習を始めて約2ヵ月が経った。けれど、できないものはできなくて。
苦無を造りだすところまでは上手くいっても、そこから上手く操る事ができない、集中力が切れて氷は消えてしまう。
こんな状態がもう2ヵ月近く続いている、まったく進歩が見られないのが余計に悔しさを煽って、私の崩れ落ちている地面にぽつぽつと染みを作っていく。

ここじゃ誰かに見られるかもしれないと、訓練場を後にして人気のない所へと歩く。誰にも会いませんようにという祈りは届いたのか、誰ともすれ違う事はなかった。
校舎裏に着いた私は、背中を壁に預けて、そのままずるずるとへたり込んだ。さんかく座りをして、誰にも顔を見られないように腕に顔を埋める。
誰にもこんな姿、見られたくないもの。

漏れる嗚咽をかみ殺しても、両目からあふれる涙は止まる事を知らない。
このまま、誰も来ないことを祈ろう。大丈夫、すぐに収まるわ。





「あらぁ?彰吾様、茜を見ませんでした〜?」
「茜か?知らんな、いつもの所ではないのか?」
「そうですかぁ…あ、お茶が入りましたよ〜。だから呼びに来たのですけれど図書館にいなくて…」
「そうか、俺は知らんな。先に席に着いているぞ」
「はーい」

ほぼ毎週の日課であるお茶会の会場である自身の部屋に彰吾様が向かうのを見届けて、学院内を考えながら歩き出す。
茜は人と関わるのがどうにも苦手で、読書が好き。その性格らしく基本的には図書館にいるのだが、今日は見当たらなかった。
他に彼女がすることといえば、訓練だろう。
あの子自身は隠しているつもりなのだろうけれど、私は知っている。彰吾様は知っているか知らないけれど、陽人くんも知っている。

廊下にヒールの音を響かせながら歩いていると、向かい側から1人の男性が歩いてきた。
見慣れた赤橙色。同じチームなのだから見慣れて当たり前。

「陽人くん」
「あれ、ミュリー?どうしたんさー」
「お茶の用意ができたので茜を呼びに行こうとしたら図書館にいなくて〜。やっぱりいつものところだと思いますか〜?」
「そうさな…そういえばさっき人気のない所に歩いていくところ見たさー」
「分かりました〜、先に部屋に行っててくださいませ〜」
「りょーかいさー。あと敬語、外してもいいんさよ?」
「もう、癖ですから〜」

じゃ、後でなーと手を振って部屋に向かう陽人くんに、小さく手を振りかえして、道を急ぐ。

あの子は努力しているところを人に見られたがらない。私とか陽人くんに対してはもう吹っ切れたみたいだけど、私達から隠れる癖は相変わらず変わらない。
努力するときも、泣くときも、弱音を吐くときも人から離れたところ。
脚に力を入れて、勢いよく廊下を駆け抜ける。

…床、壊れてないよね?





どれだけの時間経ったんだろう。人気のないところに来て、腕時計も持ってない今私に正確な時間は分からない。こういう感情が不安定な時の体内時計なんてあてにもならないし。
はぁ、とため息を一つつく。今日は確かお茶会が会った筈、こんな目じゃ誤魔化す事もできない。どうしようかしら。
もう一度ため息をついて、顔を上げる。

「気分はいかがですか〜?」

ぎょっとした。
誰もいないと思って油断しきっていた私の視界には見慣れた特徴的な服装と、差し出されたビニール袋。

「…少しは、すっきりしたわ」
「なら良かった〜」

同じチームであるミュリエルがにこりと笑う。
その頬は上気して赤くなり、肩で息をしていることから走ってきたんだろう。…建物内からだとしたら床が不安だわ。
ありがとう、と言って差し出されていたビニール袋を受け取り、目を閉じて瞼にあてる。
氷水の入ったそれの冷たさがすっと入り込んでくるのを感じた。

「陽人くんも、彰吾様も待っていますよぉ?」
「……えぇ、分かってるわ」
「茜」
「何?」

ビニール袋を少しずらして、目を開けてミュリーの顔を見る。
ミュリーは悲しげに口を開いてから、閉じた。
私は目を閉じる。

「ひとつの事をいっぺんにやろうとしなくても、いいんだよ?」

すっと、その言葉が胸に入った。
言われてみれば、私は少し焦りすぎていたのかもしれない。皆に追いつかなきゃと、もっと頑張らなきゃと。
私は、私らしく。

「…そうね」

ビニール袋を一度離して、まばたきをする。先ほどよりも目の腫れは引いた。

もうずいぶんと泣くことに慣れてしまったものだ。泣くときでも誤魔化せるようにとしっかり対処している冷静な自分がいる事に苦笑が隠せない。

「じゃ、行きましょうか。あんまり遅れるとアイツに怒られちゃうわ」
「そうですね〜」
「……あぁ、そうだ。ミュリー」
「なにかしらぁ?」

「…ありがと」

小さく、ぼそりと呟いただけでも、彼女にはなんと言ったのか分かったのだろう。何も言わずに、ぽん、と頭の上に彼女の右手が乗った。


努力泣き虫。
(努力家な泣き虫さんは泣きはらした目を隠しながらも明日をしっかりと見る)

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