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 昼休みの後は数学。ロッカーから教科書と問題集を取り出した。廊下にいる忍足くんと目があったのもそのタイミング。たまたま目が合っただけかと思って私はすっと視線を逸らした。のに。

「あ、苗字さん。ちょっとええかな。」

 ドア越しの手招きに思わずぎょっとした。普通に人がたくさんいる中で堂々と呼び出すのはあまりにも、あまりにも無慈悲だと思う。面白いものでも見るようなクラスメートの視線がぐさぐさと刺さる。とりあえず無視するわけにも行かず、自分の机に教科書を置いて廊下に出た。

「えっと……何かあったの?」
「電子辞書持っとる?」
「え?」

 電子辞書。忍足くんの口から予想外の用件が飛び出してきて私は固まった。

「あるけど……。」
「せやったらちょっと借りてええかな?6限目前には返すし。」
「うん。」

 今一つ腑に落ちない。何で?ってとても聞きたくて仕方なかったけど言われるままに教室に置いた鞄から電子辞書を取り出して渡してしまった。「おおきに」と関西独特の感謝の言葉にどこか調子を崩された気がする。

「あの……何で私に? 向日くんとか宍戸くんに借りるとかしそうなのに。」
「そっちの方が面白そうやなぁって思って。」
「おもしろ……?」
「あぁ、借りるの俺やなくて岳人やねん。」
「……え?」

 少しの沈黙を間抜けた声で破ったのも束の間に「侑士!」なんて後ろから忍足くんを呼ぶ声が聞こえてきた。姿を見るまでもなく向日くんだと理解した。彼の姿が近づくにつれて少しずつ頭がくらくらしてきたような気がする。

「何やってんだよ?」
「何って、電子辞書借りといたで。」
「なっ……なんでだよ……。」

 僅かに戸惑いを含んだ様子で向日くんが忍足くんを問い詰めた。見上げて怒られてる忍足くんは「誰でもいいから借りてこいって言うたのお前やろ」と軽く受け流した。大して気に留めていない様子からして慣れっこなんだと思う。

「ほな、俺は日直の仕事あるからまたな。」
「うん……。」

 ごちゃごちゃなまま忍足くんに後を押し付けられた気がする。あまりにも気まずいというか沈黙に困る。私も適当に教室に戻るべきなのか迷ったところで「あのさ」と歯切れ悪く呼ばれた。

「……辞書、借りていいのか?」
「う、うん、どうぞ。」

 忍足くんがいなくなっただけなのに心臓がドギマギと落ち着きを奪っていく。顔が熱かったり手が震えてきたりで少しずつまともじゃなくなってる気がした。


見えてきました
見えてなかったところ