気配。目を覚ますと部屋には嗅いだ事のある臭いが充満していた。今は丁度丑の刻辺りだろうか。誰かが妖の類を嫌っていた事を思い出しながら横たえていた体を起こした。警戒はしない。訪問者の正体は分かっている。

「御疲れ」

月は雲に隠れているのだろう。薄暗い、決して広くはない部屋を大股で歩く。噎せ返るような臭いがした。視線の先には例の訪問者。才蔵は再び唇を動かした。おかえり。おかえり佐助。土と埃と血の臭いを体に染み付かせた男は何も言わずに頷く。同じだと思った。ぬるま湯に浸かっていようとも忍は忍、佐助もひとを殺すのだと。自分の様に。才蔵が彼の様にひとを殺して帰って来る時、それを密かに迎える佐助は何を思っているのだろうか。これが常だと思うのだろうか。それとも思う事すら可笑しな話なのか。
ぬるり。不快な臭いを纏う右手が才蔵の頬に触れた。触れたまま、赤黒い手は肌を撫でる。朱が描かれた。彼は口を開かない。

「狂っちゃいねえよ」

お前も、俺も。

「これが俺達だ」

いっそ手を取って舐め上げてやろうとも考えたが無表情を装っている癖に目だけ笑わせる男はやはり何も言わない。ぬるつく掌の温もりの正体は彼の体温なのか、彼と自分を染めているそれか。答えを出す前に舌を突き出す。どろりとした生臭い液体が舌を伝って喉の奥へ落ちた。目が合う。目で笑っている。堪んねえなお前。細長い二本の指が口内に押し入ったその瞬間、佐助は口を開いた。

「その舌、寄越せ」

思った通りだ、やはり答えを出す前に舌を掴まれ引き摺り出されるのだ。才蔵は笑う。ああそうだ、これが俺達だ。掴まれた舌が熱い。これは誰の体温だろう。



title by 讒


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