現代





がさがさ、がさがさ。耳障りだ。ビニール袋を漁る音で目が覚めた。体中が痛いのはきっと床で寝ていたからだろう。部屋にはベッドやソファがあると言うのに何故床で寝るのか。親がそうしろと言ったから。

「…暗い」

「ああ、起こしたか」

既に日は落ちたと言うのにカーテンも閉めず電気もつけず、薄暗い闇の中で何かの光に照らされて青白く浮かび上がる顔。恐ろしいほど整ったそれを見詰め続けるのは毒だった。耐え兼ねて立ち上がり、手探りで電気をつける。暗闇に慣れた目に眩し過ぎる光、それも毒のようなものだった。開けた視界に映るのは左手にコンビニのおにぎりを、もう片方にはメール作成画面を液晶に映し出している携帯電話を持った青年。唇だけで微笑んでいた。

「腹が、減った」

「冷蔵庫に何かあっただろう。適当に食えばよかったものを」

わざと言う。この男は時折そうやって私の反応を楽しむのだ。男の希望に沿える反応が出来た試しは無いが。それでも脳は働くもので、しかし、そのような事など出来る訳がない、と言おうとしてやめた。眼前に差し出されたそれは彼が手にしているものと同じ、透明なビニールに包装されたおにぎりだった。返答するよりも希望に沿うよりも、与えられたものを受け取ることの方が何よりも重要だった。
受け取ったはいいがこの手の包装は苦手だ。握り飯の何倍も大きな掌に加えて鋭く長い爪。悪戦苦闘して中身を潰してしまうのではないかと思った矢先、察した男が私の手からそれを奪い細い指先で包装を取り払う。ようやくありつく事の出来た遅過ぎる夕飯の具は好物の鮭だった。

これもまた計算なのだと思う。そして彼は私がそう思う事も知っている。全知全能。自称する事はおこがましいと人は言う。けれど彼はそれを名乗れる程の才があるのだから、やはり私は彼に与えらながら生きていくのだ。生かされているのだ。食べられる状態にするまで時間の掛かった食事は物の数秒で胃に消えた。彼は水を、与えてくれるだろうか。

「さて、食う物も食った。お前は惰眠を貪るのが好きだろう、これだけは私がお前に半永久的に与えたものだ。さあ。好きなだけお眠り」

全身に毒を浴びせられたような気分だった。整った顔の上に精巧につくられた笑みが眼球を刺す。嗚呼、彼は美しい。だがその表情はまるで毒そのものだ。毒気のない劇薬だ。牙を立てない蛇は獲物を愛でる舌先から毒を垂らす。私が毒では死ねないと分かっているから。伸ばされた青白い手はくすんだ朱の髪へ、三回撫で付けられるとそれだけで体が傾き始める。離された髪の束が床に落ちて広がる。同じ台詞を幾度も繰り返しながら私をあやす人間の名は。

「おやすみ、我が子」

「―― ――、」

「おやすみ、我が子」

太公望。私の親。



120509
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