学パロ





「あーげる」

目の前に突き出された可愛らしい包み。反射的に受け取ってしまったからもう後の祭りと言うか、兎に角引き下がれなくなった訳で。にっこりと笑った彼女の、伊佐那海の口からは矢張り想像していた通りの言葉が出た。

「才蔵、居る?」

授業はとうに終わり殆んどのクラスメイトは下駄箱に向かうか、意中の相手の元へ向かうか、大抵はこの二択だ。彼女も例に漏れず意中の人へ行事恒例のチョコレートを渡しに来たのだろう。貰った物は義理だと分かっていた。窓際、最後列を指差す。俯せて寝息を立てている彼の机の隅には少数の包みや箱。ぱたぱたと小走りで彼の席に走り寄る後ろ姿を確認して帰り仕度を始めた。出来れば会話を聞かず足早に教室から退散したい物だ。

「お返し、期待してるから」

「ん」

心無しか弾んだ声と未だ眠気が滲んでいる声。自分の帰り仕度が終わる前に彼女の目的は果たされた様だ。来た時と同じ様に小走りで教室から出て行く彼女を視界の隅で捉えながら、嗚呼矢張り本命かと悟る。

「あ、佐助」

未だ居たのかよ。がたがたと机が揺れる音がして、振り向いたら彼が居た。

「何か首寝違えたわ、帰るぞ」

片手に開封済みの包みを持って、さも当たり前の様に。ぱき、と小気味良い音を立てて割れたチョコレートは甘ったるい匂いを微かに残して才蔵の口内に消えた。今迄に甘い物が嫌いだなんて思った事はあっただろうか。

「タラシ」

「違えし」

三歩の距離を取りながら彼の前を歩く。気だるそうな足取りが後に続く。女子になりたい訳じゃない。顔は良いと思うし、性格も悪くはない。妥当の結果だ。自分だって本命の一つも貰えていないけれど義理は中々。と言うか、個数など意識の範囲外であって。彼も自分も女ではないから期待するだけ無駄な事なのだろうけれど。そもそもこの気持ちの正体が分からないだけで、別段バレンタインがどうとかなんて事は考えていない、筈。

「ああ。嫉妬、」

早くも一つの中身を空にした彼は易々と答えを口にした。

「…お前。頭、狂ったか」

「まさか」
「チロルくらいは奢ってやるけど?」

馬鹿らしい提案に文句を言おうと振り向い


た。



「これはオマケな」

甘い匂いに包まれた彼は笑う。チョコレートの味が残った唇に微かな温もりを感じながらチロルって何種類あったっけ、と頭の片隅で考えた。



110214


title by ポケットに拳銃
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