昔のはなしです。今より少し、少しより少しだけ向こうの昔のはなしです。
ある時、私は男に言いました。

「死んだら終わりよね」

男は首を傾げましたが、直ぐに視線を手元に落とし得物を研ぐ事に専念し始めました。返事は期待していなかったので、私も得物の手入れをしようと男に背を向けて腰を下ろしました。沈黙を破ったのは男でした。

「仮に俺が死んだとして」
「その後御前はどうするのか」

私は黙っていました。口に出せば狡猾なこの男が望んでいない言葉を寄越すと思ったからです。それを悟ったのか、男は喉をくくくと鳴らして笑いました。
そして男は、私が一番聞きたくなかった言葉を吐いてくれました。

「だから御前が要るんでしょう」

だから私は生きているのよ。



110203


title by 愛執
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