「若、筆が」

真白を染めていく意図的ではない黒程煩わしい物は無い、と密かに考える。嗚呼此れでまた紙が無駄になった。墨をたっぷりと含んだ儘尚白を侵触するべく転がる物体を拾い上げる。掌には黒い液体がべったりと付着した。
洗おう。その前に先ず此の無駄になってしまった紙を片付けて、それから半紙を通して墨を吸った畳をどうにかしなければ。

「放って置け」

手にしていた筆が飛ぶ。此の主は一体何を考えているのだろう。





我が主は――無礼なのは百も承知だが――とてつもなく阿呆な男だと思う。稚児でもない唯の小姓に閨の相手を命ずるとは。と、不意に思考が途切れる。目が合った。己より幾分か広い掌に肩を掴まれ、ゆるゆると重力を掛けられる。

「若、」

呼び掛けに返答は無かった。
侵食されろ、と。つまり、そう言う事だ。六郎は漸く力を抜くと褥に背中を預け、瞼を下ろした。侵触する黒程煩わしい物は無い。


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