罪を犯すという意識はない。
ただ、私は彼の記憶に己を残したかっただけだ。けれどそれは半端であってはならない。私を刻むのだから、この胸に渦巻く忌々しい感情を言葉にするよりも遥かに効果的な方法を模索する必要がある。例えるならばそう、元凶を私として彼を絶望の淵に追いやる。彼は私をひどく信頼してくれていたから、これ以上ない程の憂いを抱くに違いない。思考も、胸中も、私と言う男に埋め尽くされる事だろう。善でも悪でも良かった。例え彼が苦しみ、嘆いたとしても。

遠くで誰かが咳き込む音が聞こえる。…ああ、時間が無い。早急に。早急に―――




或る男が謀反に失敗して死んだらしい。
人一倍野心の強い人間で才覚を鼻にかける癖があり、加えて恐ろしいほど頭の切れる男だった。それが災いしてかの惨事に繋がったのかも知れない。
男が仕えていた人物は人々に晋王と称されていた。様々な人間の死を経て怠惰の殻を破り、王者の覇気を得た男である。見事成長を遂げたその男は亡国と呼ばれた哀しい国を飲み込み、大陸の半分に光をもたらした。とても眩しい光だった。その時、確かに男は王者の隣に立っていたのだ。

けれど同じ道を見ていたのかは分からない。それから一年(ひととせ)の後に男は亡国の臣と手を組み、日頃から目障りだった人間を策謀によって陥れた。そして、今まさに大陸を統べる一歩を踏み出そうとしていた王者の国に反旗を翻そうと、した。

男は何も成せなかった。反対の意を叫ぶ配下によって斬られ、死んだのだ。男は人生を棒に振ったも同然の選択をした、と後の世の人々は言う。あのまま王者の傍らに立っていれば汚名ではなく輝かしい功績と栄光に包まれていた筈だと。けれどそれは所詮他人の考えだ。男の思っていた事など誰も分からない。過信か、野心か、或いは。誰も知らない。知る筈も無い。
男は全てを胸に秘めたまま世から消された。鍾士季。それが男の名である。

翌年、王者が死んだ。脳に病を患っていたらしい。その事実を反逆者である男が知っていたのか、それも定かではない。





男は彼が愛しくて愛しくて仕方が無かった。告げるつもりも時間も無かった。主の死期を悟っていたから。だから最期に、彼の、王者の記憶に己を強く刻もうとした。例えそれが謀反と言う馬鹿げた考えに行き着いたとしても。
男の目論見通り、王者は最期の刻まで彼の選択を憂いながらその生を終えた。王者が我が子房とまで言わしめた男の最後の足掻きは浅はかなものだった。男は生と引き換えに、王者の中に己を強く、強く刻んだ。なんと愚かなことか。





――ただ、それで私が幸せになったということだけは明白な事実だった。



110606
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