現代
死ネタではありませんがそれを思わせる表現があります
苦手な方はご注意下さい





喉が渇いた、と彼は言った。
すぐ様ガラスのコップに水を注ぐ。彼が上体を起こすのを手伝ってから手渡した。

「ありがとな」

彼は柔らかく笑んだ。それは弱々しい笑みだったが、本心から感謝を伝えようとする彼の心を確かに感じた。ベッドに体を横たえる彼はあの頃に比べて随分と痩せてしまった。筋肉も落ちたし、食欲も日に日に失せている。唯一の救いは、彼が自ら生きることを放棄しない事だった。それでも、ただ、放棄しないだけ。彼は視線の先でいつも「死」を捉えている。

「元姫、俺はさ」

再び体を横にした彼の髪を撫でながら、なあにといつになく優しい口調で返事をした。違う、いつだってそうしたかったのだ。今はもう、彼を律する必要など無いから。

「映画とか、漫画の主人公になりたかった。だけど結局は何をしたって主人公にはなれなくて、でもそれなりに幸せだったんだ。お前と出会って、結婚して、子供が産まれてさ。それなりに、いや、すげえ幸せだったんだ。悔いなんてこれっぽっちもないんだ」

長い時間をかけて、ゆっくりと、しかしはっきりと言葉を繋ぐ。彼にはきっと見えているのだ。

「だけどさ」

知っている。
知っている、のに。

「死ぬの、怖いなあ…」

きつく、きつく抱き締めた。背中に回された腕はとても細かった。



「私はとても幸せだった。あなたと出会って、結婚して、子供を産んで。それだけでも怖いくらい幸せだった。あなたはいつだって私の世界の中心で、たくさんのものをくれた。でも、それでも、怖がるあなたを抱き締めることしか出来ないの」



110529


title by 誰花
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