鍾会は憂いを抱かずにはいられなかった。兄の死を乗り越え王者の才を発揮し始めた男が、今なお一臣下を傍らに侍らせる。彼はそれが理解出来なかったのだ。一つの宵を共に越した今も、何故司馬昭が自分の元に留まっているのか分からなかった。彼程の地位があれば女など幾らでも用意出来る。無論、男ですらも。自分が他者に劣っているとは到底思わないが、小姓でもない男をこうも長く側に置く理由が見付からない。それが鍾会を憂いに傾かせる一因であった。

「…単なる物好き、には見受けられないが」

安らかな寝息を立てる横顔を見詰めながら呟く。当初この関係を築き上げる原因を作ったのは鍾会自身で、司馬昭の首を縦に振らせたのも彼だ。故に今更憂いを抱くのも可笑しな話なのだが、何処か腑に落ちないというのも本心だった。

司馬昭には妻が居る。夫婦仲は比較的円満で、それに加えて側室も揃っている。唯一臣下という立場で彼の寝所に呼び出されるのは鍾会を置いて他に居なかった。主に気に入られれば気に入られるほど有利な立場に立つ事が出来る。その点を踏まえれば鍾会にとって喜ばしい事この上無かったのだがやはり何か引っ掛かる。脳にもやが掛かった様な気分だ。広い部屋に舌打ちが響いた。

(どれ程の睦言を吐いても吐かれてもこの格差は埋まるものではなく寧ろその事実を己自身に知らしめるばかりだ。だとしたら私は、今以上に何を望み、何を憂いているのだ。原因はこの男だ。この男が私の人生を、ほんの少しの情で狂わせたのだ、)





鍾会は憂いを抱きながらも、安眠を貪る主君の顔を飽きること無く眺め続けていた。どれ程の時が流れただろう。少なくとも東の空は明らんでいる筈だ。ふと手を伸ばしてその柔らかな髪に触れてみる。

「ん、…しょう、かい」

恐らくは寝言だろう、鍾会の名を呟きながらもぞもぞと布団の中で体を動かす司馬昭を見詰めながら思う。もし今、司馬昭が鍾会を手離そうとしても彼の手首を掴むのは鍾会自身、だ。その行為が鍾会の本心であろうとなかろうと、それが当然なのだと脳が認識するのだ。この男が本気であろうとなかろうと、もう引き返せない所まで来ているのだ。彼の憂いは未だ晴れない。



110526


title by hmr
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -