車も飛行機も無く、連弩や楼船が存在していた時代。司馬昭殿には兄が居た。とても有能な人間だった事を覚えている。けれど、今を生きている彼には兄も弟も居なかった。

輪廻とはこんな物なのだろうか。通学路の道路工事を指揮している人間が当時自分が対抗心を燃やしていた彼だったり、気紛れに立ち寄ったコンビニの店員が遠い昔に私の悪口を言った彼女だったり、登校中偶然視界に入った他校の生徒があの時私を斬った配下だったり。顔を見ると忘れかけていても案外思い出す物だ。

「ありがとうございました」

嘗ては司馬昭殿の許嫁だった彼女も、今は違う人生を歩んでいる事だろう。名も境遇も時代も違う人生を。コンビニから出る時にもう一度彼女を見てみた。言い争いをしていたあの頃は思いもしなかったが、彼女はとても綺麗な人、だった。




「おう、早いな」

「それは此方の台詞ですよ、遅刻常習犯。雨でも降るんじゃないですか」

彼と肩を並べて登校する、いつもと変わらない風景。普段通りの生活。千八百年と半年掛けて成就させたこの関係を、「私」ならどう思うだろうか。だが、私の答えは既に出ていた。

「…先輩、少し良いですか」

「ん、」

「私は多分、貴方の事を好いていない」

二度も告白しておいて優しさに漬け込んで同情で付き合わせてその上で自分から、彼を突き放す。我ながら支離滅裂だと思った。怒るだろうか、悲しむだろうか。けれど彼の唇は普段と同じく弧を描いた儘だった。

「それなら、このままじゃ駄目だな」

「ええ、駄目です。私は貴方によく似た人が、好きだった」

「…お前は本当に優しい子だ」

叶わない恋の代わりとして仕立て上げた俺を、可哀想だからと手放すんだな。
目の前に「彼」が居るような錯覚に陥った。

「しっかし酷い話だな」
「好きに、なっちまったってのに」

(酷いのは貴方の方だ)
(きっと最初から見抜いていただろうに)





輪廻とはきっとこんな物だ。前世の記憶が偶然あっただけで、他は何ら変わらない。懐かしんだとしても其処までだ。既に自分はこの時代の人間として生きていかなければならない、否、生きていく。先に行くと笑顔で歩き出した彼の背中を見詰めながらそう思った。
コツン、と何かが何かに当たったような音がした。推測するに、恐らくは工事用のヘルメットだ。自分の後方に立つこの男も、きっと私のように生きていくに違いない。私に殺されたようなものだと言うのに、全く世話焼きな。

「未練は無いのですか」

「無論。焦がれた人間は、司馬子上唯一人なのだから」

「鍾会殿、」

「私は鍾士季ではない」
「晋王に憧れる、唯の学生だ」



110412
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