小説 | ナノ





(友千香と音也)


「七海は?」
「さっき飲み物買いに外に出たけど…用事なら待ってれば?すぐ戻ってくるだろうし」
流石女の子の部屋というべきか、俺には少しくすぐったいばかりの色合いの部屋はなにか香るものでも置いてあるのか、仄かに甘い匂いがした。それがシャンプーの香りだと気が付いたのは、友千香が一つに纏めている髪の毛から水滴が一粒落ちたからだ。いつもは髪の毛に隠れて見えないうなじが時折チラチラとその白さを主張して、なんだか眩しい。つい、見てはいけないものを見てしまったような気がして目を逸らした。
取り敢えず友千香に促されて柔らかいベッドに腰掛ける。友千香は自分の机のところから椅子を持ってきて、俺の前に腰掛けた。普段は俺の方が背が高いのに、そうすることで友千香を見上げることになると、なんだか不思議な気分だった。
「で…音也って春歌のことどう思ってるの?」
「え!?あ、は、え?」
「動揺しすぎ」
「そ、そうだね。うん。って、なんでそんなこと聞くんだよ」
「知らないの?女の子はこういうことに興味津々なのよ」
「こういうことってどういうことだよ」
友千香の唇がゆっくりと弧を描く。嫌な予感しかしない俺を尻目に、それから友千香は立ち上がり、俺の隣に腰掛けた。あんなに動揺したあとだから絶対にからかわれること間違いなしだ。俺じゃなくてもあんな問いかけ、動揺するに決まってるのに。けれど、友千香は暫く何も言わなかった。隣にいることでシャンプーの香りがさっきより強く鼻を擽る。
「あ、あのさ友千香」
沈黙に耐えきれなくなって先に口を開いたのは俺だった。無理、ギブアップ。こんな状況耐えきれない。
「練習、してみる?」
何を、とは問い掛けられなかった。ギシリと2人分の重さに耐えきれずにベッドは軋んだ音をたてる。目の前には友千香の顔があった。俺の手には柔らかくてしなやかで、爪の先までしっかり手入れされた友千香の手が重なって、それとは反対の友千香の手の、艶のある赤い色の乗った長い人差し指が俺の唇を撫でた。肩が跳ねる。どういう状況かなんて、誰に聞けば良いのだろう。友千香に?そんな度胸、俺にはない。
ゆっくりと友千香の顔が近づいてくる。こんなに近くで友千香の顔を見たのは初めてだった。いつもはマスカラの乗る睫毛は、何も乗っていないのにやっぱり長いし、鼻だって高い。シャープな顎をしているけれど、骨張っているわけではなくて、女の子らしいなだらかな輪郭をしている。頬だってとっても柔らかそうだ。お風呂あがりだからだろうか、その柔らかな頬は少しだけ赤みを帯びていたし、グロスが乗っていないのに綺麗な桜色をした友千香の唇は少しだけ湿っていた。忘れていたわけではないけれど、友千香はアイドルコースで、だから当然顔だって整っているわけで、つまりその。友千香はとても可愛かった。
シャンプーの匂いとか、ゆったりとした部屋着の隙間からのぞく友千香の鎖骨の眩しさだとかで段々俺の頭はぼんやりとしてきた。ギシリ、友千香がさらに俺との距離をつめる。このままじゃダメだ。いや、この妙な空気に呑まれるのも良いかもしれない。俺の思考は徐々に後者に傾きはじめて、そして。
「あたしにしなよ」
囁かれた言葉にじんと耳が鳴る。友千香がゆっくりと瞼を下ろす。長い睫毛が影を作ったのを見てぎゅ、と目を瞑る。ていうか普通こういうことをするのは男の方からじゃないのか、なんてそんなことがやっと頭に浮かんだ時。
「なんてね。」
そんな言葉と同時に額を襲った小さな痛み。目を開ければそこにはにやりと笑った友千香の顔とデコピンの形をした白い手。それに友千香の大きな瞳の中に映る間抜けな顔をした俺の顔。
「春歌もそうだけど、アンタってホンットー純情というかなんというか」
「ついからかっちゃった」
つまり。ええと。
顔に熱が上るのを止めることなんて出来なかった。熱い。ていうか、恥ずかしい。友千香の顔をちゃんと見ることなんて出来ない。つい、って。つい、ってなんだよ!ぱくぱくと口を動かしていたらもう一度近付いてきた友千香の顔。
「大丈夫よ、アンタのことなんで眼中にないから」
頬に添えられた手を払うことも出来ずに俺は知ってるよと声をあげた。







(いっいい一十木くんにトモちゃん……!ごっごめんなさい、私…!)
(なっ七海!?ちっ違うよ、これは!)
(あ、春歌おかえりー)







音也くんって友ちゃんのこと、渋谷呼びだっけ?

*← →#

back




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -