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(那月と翔)


風が無いと言えど、屋上はコート無しでは少し寒い。教室は暖房設備も整っているし、制服だけで十分だったから、そこまで暖かな格好はしていない。つい小さく身震いをすると、俺の少し後から屋上に来た那月が寒いですねぇ、なんて当たり前のことを口にして笑った。
俺と那月は今日の授業を放棄して屋上へとやってきたのだった。提案は那月で、乗ったのは俺だ。だから俺達は共犯で、秘密を共有する仲間なのだ。
そう話した時、那月は何が嬉しいのか表情を綻ばせ、それはそれは嬉しそうに頷いていた。きっと、明日怒られるだろうに、那月はそんなところまで嬉しいらしい。俺と、“2人”で怒られるから。
呆れるような精神だが、那月がそれでいいならいいかと思う自分もいる。

「見て下さい。今日の空の色は翔ちゃんの目みたいに綺麗ですね」
「俺の目?」
「僕、翔ちゃんの瞳って好きなんです。」
「目、だけかよ」

言ってしまってから、しまったと思って空を見上げる。俯いてしまえば負けた気がする。俺と那月が何か勝負をしていたというわけではないけれど、俯くより、会話の流れからして自然な気がした。
空は青い。ひたすら青く澄んだ空を目にして沈黙に耐えていれば、そこにミルクティー色の柔らかな髪の毛と、眼鏡の奥の翡翠のような瞳が空を覆い隠すようにして現れた。今日二回目のしまった、を心の中で口にする。那月は俺が見上げたってそんな俺の顔を覗き込むことが出来るんだった。何故ならば、那月は平均よりも身長が高くて、認めたくはないけれど、俺は平均より少し、ほんの少しだけ身長が低くて、(これから伸びるはずだ。)だから那月が俺の視界に入り込むことは簡単だったのだろう。と、そこまで考えてから俺は今度こそ那月から顔を離して俯いた。負けたとかそんなんではなくて、恥ずかしいだとかそんなんではなくて。
頭上から翔ちゃあん、なんて甘えたような那月の声が聞こえる。俺は那月のこの声音に弱い。
なんだよ、ぶっきらぼうに口にして顔をあげるとバチリ、那月の瞳に俺の顔が映った。

「僕は、翔ちゃんの髪も、目も鼻も口もほっぺたも全部、翔ちゃんがだーいすきなんです!」

恥ずかしい奴だ。恥ずかしい台詞を口にしているのは那月のはずなのに、どうして俺の頬が熱いんだろう。どうして俺が那月の顔を見ていられないんだろう。
俯く。だってこれ以上那月のにこにこと笑っている表情を見ていられない。
静かな屋上に那月が腕を広げたらしい衣擦れの音がしてから、俺は那月に抱き締められたようだった。俯いていたって、那月の体温やら香りでわかる。
恥ずかしいのと落ち着くのとが半々位俺の頭の中で戦っていて、けれど結局、俺は那月の背に腕を回した。ぎゅうっと離れないように腕の力を込めると那月も少し力を込めた。何時もより弱めではあるけれど、少しだけ痛い。でも心地よい。

「那月、俺も…」

好き、最後の最後で小声になってしまうなんて、全く男らしくない。けれど、俺にはそれが精一杯で、もう一度腕の力を強めた。
翔ちゃん、なんて那月が名前を呼ぶ。俺も那月、と名前を繰り返す。そうして強めた腕を解くと、那月も腕を解いて不思議そうに俺を見た。そこには何処か寂しげな色も浮かんでいる。

「那月、ちょっと屈んで、目、瞑れ。」

俺は身長の低さを認めるようで悔しいけれど那月にそう指示を出した。那月はやっぱり不思議そうにだけれど、素直に俺の言葉通り屈んで目を閉じた。眼鏡越しでもわかるくらい睫毛が長い。それに、整った顔立ちをしている。そりゃあアイドル志望の学生が多いこの学園で顔立ちがそこそこ整った奴らは少なくないが、那月は特に整っている方だ。俺の目なんかよりずっと那月の方が綺麗だ。
好き、ときちんと伝えられなかった代わりに、俺は那月の唇に自分の唇を重ねた。那月の唇は柔らかい。ちゅ、と小さなリップ音と共に唇が離れたのと同じくらいで、那月の瞳が驚いたように見開かれた。それから直ぐに見開かれた瞳は細められ、那月はへにゃりと情けない表情で笑みを浮かべ、翔ちゃんと俺の名前を呼ぶ。那月に自分からキスをしたのは初めてだったが、ここまで嬉しそうな表情を浮かべられるとは思っていなくて、どうしよう、那月がいとおしい。やっぱり、俺は那月の奴がどうしようもないくらい好きらしい。

「翔ちゃん、大好き。」

那月の言葉の後に俺は那月の腕の中にいて、ぎゅっと抱き締められたことがわかった。那月、那月、俺だってお前のこと大好きなんだぜ。お前が思っているよりずうっとお前のことが大切で、抱き締められんのも、抱き締めんのも、キスすんのもされんのも沢山欲しくて、与えたくて。
だけど、俺はそれを口に出すことはどうにも苦手だったから、那月の背に腕を回して、ぎゅうっとしがみついた。








<<ふれた体温―おんど―>>








Title アクアマリンの恋

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