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(鬼男と閻魔♀)


開いた口が塞がらない。鬼男にとってはこの16年と幾日を生きてきた中で、初めてその状況に陥っていると言っても過言ではないだろう。
鬼男は自分を頭の回転が速い方だと思っていた。見た目に反して勉強は苦手ではなかったし、理数系も公式さえ押さえておけば、わりと応用が出来る方だ。
けれど、今日この時ばかりは完全に脳が働くことをやめたようだった。

鬼男は一人っ子だ。
姉や妹はいないし、これまで彼女が出来たことすらない。
クラスメートの女子と話すことだって、あまり多いとは言えないし、得意でもない気がする。女性が苦手というわけではない。鬼男だって健全な男子高校生なのだから、女性に人並みの興味を持ったりもする。色々な意味で。とはいえ、持ち前の小さな人見知りも絡んで、なんだか女性と会話するのは気恥ずかしいところがあるのだった。
そんなものだから、これまで女性の裸体を見た経験なんて無い。おっと、母親はノーカウントだ。

そこで話を戻す。冒頭の通り、鬼男はそれはそれは驚いたのだ。
放課後、生徒会室の扉を開いた瞬間に視界に捉えた"彼女"の姿に。彼女は鬼男の良く知る者だった。一本一本は細いけれど、くせの強い黒髪に、鬼男とは対照的な白い肌。身長は鬼男とあまり変わらないのに、線の細い身体。
それに、何に隠されることなく惜し気もなくさらされた、鬼男には存在しない膨らみ。なだらかな曲線を描くおわんのような美しい形をしたそれを、鬼男は初めて肉眼に映したのだった。
けれど、鬼男が驚いたのはそこではない。今目の前で艶めかしい身体をさらしている彼女、彼女は鬼男が知る限り女性らしい身体を持っている者ではなかったはずだ。制服だって男子用のブレザーにスラックスを着用していたはずだし、たまにセーラー服を着ていることもあったけれど、それは趣味という話だし、一人称は俺だし、喋り方だって女っぽくはなかった。何より、彼女―閻魔―は男ではなかったのか。

「あ、鬼男くん」

閻魔は鬼男とは反対にいつもの調子で口を開いた。身体を隠すことなくこてんと首を傾げてその琥珀色の瞳に鬼男の顔を映している。琥珀色の中に映る自分は酷く間抜けな表情をしていた。
鬼男くん、じゃねぇだろ。
情けなくも唇は震えただけで声にならない。そうすればやっと合点がいったかのように閻魔はあ、と声を洩らし、指定の黒いジャージに白い素肌は隠された。

「ごめん、まさか人が入ってくるなんて思ってなかったからさ」
「あ…アンタ…おん…な」
「は?」
「おっ女、なのかよ…」

やっとのことで言葉を紡ぐ。黒いジャージを着てしまえば、控えめな胸の膨らみは完全にとは言えないものの、しっかりと隠れている。確かに閻魔は中性的な顔立ちをしているし、声も高くはないが、低すぎるわけではない。

「あれ、知らなかったっけ」

閻魔は今度こそ不思議そうに首を傾げた。
確かに、確かにそう言われてみれば閻魔は自分を男だと称したことはなかった。
だがしかし。

「なっなんで男の格好なんてしてるんですか!?」
「女子の制服がセーラー服じゃないから。ブレザーなんて邪道だよ!」

開いた口が塞がらない。
気が付けば、鬼男は生徒会室の扉を背に廊下に立っていた。どうしたの鬼男くん、中から自分を呼ぶアルトボイスが聞こえてくるが聞こえないふりをする。

頭に浮かぶのは生徒会室での艶めかしい身体。胸の膨らみこそ控えめなものではあったが、白く形の良いそれは、どのような感触なのだろうか。細い腰のラインだって、そこいらのアイドル顔負けのものだった。そう、鬼男は閻魔の身体が頭から離れないでいる。
みだらな考えが頭に過り、そこで鬼男は首を振った。自分は何を考えているのだろう。相手はたとい女だとしても変態で、阿呆で、お騒がせで煩い、あの閻魔ではないか。何時だって殴ってやりたくなるあの閻魔だ。先輩だなんて信用したくないあの。
嗚呼けれど、
鬼男は一人頭を抱えた。
果たして明日から閻魔にどのように振る舞えば良いのだろう。
男だと、閻魔が男だと思っていたからこそあの対応が出来たのだ。
あんな身体を見せ付けられて、平常を保てるのだろうか。

悲しきかな、男の性で、鬼男は閻魔に欲情したのだった。








<<はじめて君と話したこの場所で>>

(知ってしまったのです…!)









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