唐突ではあるが、今日一日目、私は同じクラスの真田弦一郎について観察日記をつけて見ようと思う。観察日記と言っても四六時中付きまとう訳ではなく、無理なく目の届く範囲でいつもより真田の事を注意深く見てみようくらいのものだ。なぜ、私がこの男の観察日記をつけるようとの思いに至ったかの理由はいくつかある訳だが、一番の理由としては一体どういう生活をすればこの中学生らしからぬ強靭な精神力、すなわち青年をも壮年をも及ばぬ思考になるのかという点だ。彼は見た目も去ることながら、考えがあまりにも最近の中学生とは言い難い。とても古風で古めかしく、堅い。まるで彼と会話をしていると、自分の年の割にはまだまだ元気な曾祖父さんと話しているような感覚に襲われる。(うちの曾祖父さん、若い時こんなだったんだろうな、と)聞けば真田は家自体が随分と古風な家柄の様で、家庭環境というのは勿論彼の人格を形成するにあたって絶大な影響を与えているに違いないが、だからと言って今の時代、生まれた子供がその家の特色に沿った人間になるとは限らない。事実、私の家は真田の家ほどではないが、代々古い考えの家系であったらしいが父の代でそんなもの知るかと自由になったおかげで私はかなり自由に過ごしている。父がその風習をぶち壊してくれなければ今頃家に掟やら何やらでガチガチに拘束され、青春もへったくれもない人生となっていただろう。ちなみに言っておくと私と真田の仲は特別良くもないが、まぁクラスの女子の中ではそれなりに良い方と言った具合だ。


朝、学校へ行くと真田は週に何度か校門に立っている。風紀委員長である彼は、自分の部活の朝練が終わった後に生徒指導の教師に混じり服装チェックをしている。(ちなみに風紀委員には確かに月に何度かの持ち回りで校門に立つらしいが、彼は自分の当番でない日にも居たりする)服装の乱れがあろうものなら直ちに粛正される。かなり威圧感があって教師の面々よりよっぽど恐ろしい。


『おはよう、真田。朝からお疲れ』
「む、みょうじか。おはよう。お前こそ朝から疲れた顔をしているな」
『…低血圧だから朝はきつい。あと今日は少し風邪っぽい』
「そうか。まぁ、無理はせんようにな。授業中の居眠りは許されんが、無理して倒れてしまっても大変だ。あまり具合が悪いようならすぐに医務室へ行く事だ」


そう言って真田は私と話している時に横目で見えたのであろう男子生徒のだるだるに下げきったズボンに喝を入れた。多数の生徒の目の前でズボンを限界まで上げさせられた彼には自業自得とはいえ少し同情せざるを得なかった。


一限目の国語の時間、ふと真田を見ると彼には珍しく窓の外を眺めていた。少し離れている私の席からは、彼の視線の先に何があるのかは分からなかったが、真面目な真田が授業の、しかも先生の説明を聞くのを中断してまで目を向ける事があるのだろうか。いや、彼も集中できない事もあるかもしれない。きっと何か考え事とか。しばらく外を眺める真田を眺めて居るとふと真田が振り返り、目が合った。少し長い間見すぎてしまったか。なんだか恥ずかしい気持ちになり慌てて目を逸らす。少し露骨すぎたか?10分程真田から目を離し、黒板に一点集中をしていたら視線を感じてそちらに目をやる。すると真田がこちらを見ていてまた目が合った。私は一瞬どきりとしたが何やら真田が口をぱくぱくさせて私に何か伝えようとしている。


「(具合はどうだ)」
『(可もなく不可もなく)』


恐らく意思疎通が出来たと思われる。真田は私の返事が終わると少し困ったような笑い方をして「(無理はするな)」とだけ残し黒板を見た。それから私も授業に集中したためそこで会話は終了した。


二限目は男女別の体育の為、着替えるので一限目が終わってすぐに教室を出た。この授業はグラウンドで女子はサッカー、男子はハンドボールであった。私は自分の出番ではない時にちらりと男子のコートを見てみたらちょうど真田が試合をしていた。真田はその中学生にしては大きすぎる身体と、持ち前の運動神経を遺憾無く発揮し、次々と相手側のコートにシュートを決めていた。相手側のゴールには同じテニス部の柳生が居る。試合は真田のチームが勝った様だが、彼もあの豪速球を半分程止めているので流石と言える。私なら怖くてボールを止めるどころではなくなるなと思ったら少しおかしかった。


三限目は理科。今日の授業は実験で組分けをしたら真田と同じ班になった。砂糖と水だけでべっこう飴を作るんだそうだ。これは実験と呼べるものなのかは分からないが我ながら上手く出来たと思う。真田はというと、少し苦戦していた。アルコールランプの網にアルミホイルを置き、その中に砂糖と水を入れしばらく爪楊枝で混ぜるのだが、彼には力の加減が難しいらしい。アルミホイルをすぐ破いてしまう。意外とぶきっちょさんだ。いや、意外ではないか。それでもなんとか作ったべっこう飴を彼は、「苦労して作ったべっこう飴は格別だ」と美味しそうに食べてた。


四限目は普段のクラスの授業とは別の、学年合同での芸術選択授業。私は美術、真田は音楽なので別の部屋。観察はできないので授業に集中する。真田とそこそこ仲が良いおかげでテニス部の面々ともそれなりに仲が良いのだが、彼らは運動部というのにも関わらず、歌が上手いメンバーが多いため、音楽選択者が多い。彼ら目当てで音楽を選択する者(主に女子)があまりにも多く、抽選となる事態に発展した。といっても、私と同じ美術には幸村と柳がいるので音楽まではいかないが結構彼ら目当ての女子は多い。グループで行う授業はいつも戦争だ。ちなみに美術選択の二人も歌が上手い。

私は親友ののんちゃんと向き合ってお互いの似顔絵を書いていた時に、隣の音楽室から歌が聞こえてきた。私たちには聞き慣れた合唱曲だが、その中でも真田と柳生君の声が特に目立って聞こえた。のんちゃんが「真田君と柳生君の声が良く聞こえるね」って笑ったので二人でしばらく作業をやめて歌を聴いていた。授業が終わり教室から出るとテニス部が固まっており、それを取り囲むように女子の大群が連なっていた。こう見るとテニス部は刺激の少ない学校生活で、女子のアイドル的存在なのかと思った。彼らも同じ中学生なのに、大変だな。


お昼はのんちゃんと一緒に食べる。のんちゃんのお母さんが作るお弁当は、毎日可愛くて美味しそう。でものんちゃんにいっぱい食べて大きくなって欲しいって量が多め。のんちゃんは頑張って食べるけど、食べきれない。残すのも悪いのでと私も少し貰ってる。実はこのおすそ分けを貰うのが、私の小さな楽しみでもある。もちろん私のお弁当のおかずものんが欲しいものがあれば交換する。のんちゃんと話しながら食べるお弁当は格別だ。でも、一番の楽しみが終わると、ここからちょっとさみしい気もする。


5限目は公民だが、昼休みに少し体調が悪くなったので医務室へ行き、そのまま休むことになった。自分では自覚がなかったけど、少し熱が出てきてしまっていた。一時間休み改善がなければ早退しましょうと先生に言われたので、おとなしくベッドで寝ている。先生はというと、職員室に用があるからと先ほどから不在だ。私はというと、おとなしくベッドで寝ているものの、眠りには付けていない。それどころか、逆に目が少し冴えてる気すらする。ぼんやり天井を眺め、少し微睡んできたところでおもむろに医務室の扉がガラガラと空いた。先生が戻ったのかと思い私は気にも留めなかったが、入って来た主と思われる人物はしばし無言で、そんなに広くもない医務室の中で誰かを探しているようだった。あぁ、誰かまた怪我か体調不良かで来た生徒か。そんな事を考えて私は目を閉じようとした時、私のベッドのカーテンが静かに開いた。


「具合はどうだ、みょうじ」
『真田?…真田?!どうして真田が?今はまだ授業中…!』
「いや、お前が医務室で休んでいると聞いてな。少し心配になったのだ」


あの真田が授業をサボってまで私の様子を確かめに来た?私は普段の彼ならまずすることの無い行動にかなり驚いた。真面目な彼が、友人を心配すれど、授業を抜け出してまで見舞いに来るとは何事か。というか先生がいたらどうしてたんだろうとか考えていたが、真田はその大きな手をすっと伸ばし私の額へ押し当てた。私は訳が分からなすぎて声にもならない声を上げたが、真田は何ともないようにしれっとし、それどころか顔をこれでもかと言うくらい接近させた。


「あまり心配させてくれるな」
『あわ、あわあわ…さな、さなだ、何して…顔、ちかっ!』
「お前がそんな風に弱っていると俺までおかしくなってしまう」
「早く元気になれ。だから今日は家でゆっくり寝ろ」
『う、うん。分かった、分かったからさなだ、顔を離して…』


何がなんだかわからない私を真田は気にも留めていないようにその近づけた顔を更に近づけ、私の唇に、押し当て、て…。ーその時5限終了の金が鳴り、目を醒ました。私はがばりとベッドから飛び起き何が起きたか一瞬分からず辺りをきょろきょろと見回していたが、真田の姿は見えず。なんだ、夢か…というかなんだあの夢は!私は自分の見た夢が信じられず、困惑し、自分の顔をぺたぺたと触って端からみたらそれはそれはおかしい奴だと思う。その時医務室の扉が開いて、私の身体が反射的にビクリと跳ねたが、入って来たのは先生で、カーテンが開かれた。


「具合はどう?」
『あ、いや、その』
「あら、顔が真っ赤ね。その分だと熱も上がってるみたいだし、やっぱり今日は早退しましょう」
『は、はい』
「じゃあ先生、職員室でお家に電話かけて来るから、あなたは教室で帰る準備してまたここに来なさい」


教室に戻って真田の顔を見たとき、私はどういう顔をすればいいんだ。一日真田を見ていて気付いたのは、自分でも知らなかった気持ちだけだった。


(20150713)
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