柳さんの方を見ると、柳さんも薄く瞼を持ち上げてこちらを見た。私を見詰める今の彼の表情は、「またか」とでも言いたげな呆れた様な顔で、普段あまり感情を表に出さない彼には珍しく、少し疲れた様な感じだった。

『今、またか、と思いましたね?柳さん』
「…他人の感情を読むのは俺の専売特許だと思っていたんだがな。まさかお前に考えを読まれるとはな」
『すいません。柳さんにしては珍しく考えが顔に出ていたので』
「あぁ。お前がまた殺して下さいと目で俺に訴えていたからな。…またなのか?」
『またです、柳さん。お願いします、私を殺してください』
「断る。第一お前のその自殺願望は本心からでは無い事くらい俺には解る。お前はそれに早く気づくんだな。本当に死にたい奴は他人に殺してくれなんて頼んだりはしない」


また断られた。柳さんに殺してくれと頼んだのはこれで135回目。そして断られたのも135回目。私は自分に生きる意味が見出だせないでいる。誰かに必要とされた事なんて一度も無いし、自分でも私なんて誰かに必要とされる人間でも無いと思っている。私の代わりなんて幾らでもいるし、私の代わりなんて言われたらそれこそその人が可哀想なくらいだ。それくらい私はいらない子である。柳さんはその度に、自分の必要価値なんて自分で見つける物だととっても格好いい事を言ってくれるけど、私にはそれが一向に見つからない。私にはその言葉は、彼が特別な人間だから言える事だと思う。でも、生きる意味が無い人間でも、特別な人間に殺してもらえばその瞬間は特別な人間になれるのではないか、そう考えた私は、柳さんに殺して貰えるようお願いをする。断られるけど。


『本当なんです。死にたいんです。もう、私には生きている価値がないんです』
「では何故、毎回俺に断られた後、幾らでも自分で死ねる機会はあったのにも関わらず、お前は今この瞬間も生きている?お前が言う死にたい気持ちが本当ならばお前はもうとっくにこの世から消えてしまっている筈だが?違うか?みょうじ」
『………』
「また都合が悪くなると黙りか?」
『そんなこと無い…のに、本当に、死にたい、のに…』
「お前の自殺願望は刹那的、瞬間的なんだ。本当に死にたいんじゃない。仮に今、俺がお前に手を伸ばし、その簡単に折れてしまいそうな首を絞めてやるとして、お前は俺に泣いて懇願するだろう。"死にたくない"、と」
『そんな事は!柳さんに殺して貰えるなら!』
「無いと言えるか?俺に首を絞められて嬉しそうに笑えるか?いい加減に気付け、みょうじ。お前のその感情は病だ。お前が死にたいと望んでいる訳じゃない。お前は、俺に殺してくれと頼む事に自分の存在理由を見出だしているに過ぎない。しかしそれは真に自分が特別な人間になった訳では無い」
『そんな…そんな…じゃあどうしたら…』
「特別になんてなろうとは思わない事だ。お前は俺の事を特別な人間だと思っているみたいだが、俺は何処にでもいる普通の人間だ。お前が思っている様な男ではないよ。いい加減、俺に亡くなったお前の兄上を重ねるな」

やはり、彼にはお見通しだったのか。私は自分の死んでしまった兄を柳さんに重ねていた。兄は何をやらせても一番で、両親はとても兄を大事にしていた。でも、私はその反面、何をやらせても人並みで両親は何故、同じ兄妹でこうも違うのかといつも嘆いていた。兄は、こんな出来の悪い私をいたく可愛がってくれた。私は、兄の事が大好きだった。兄と比べられる事が多かったけれど、兄を尊敬していたし、彼は特別な人間だった。きっとこのまま成長すれば輝かしい未来が彼を待っていたに違いない。しかし、兄はある日突然死んでしまった。あんなに輝いて見えた彼が、他の人間とは違う、特別な存在だった彼が、呆気なく死んでしまったのだ。兄程の人が簡単に死んでしまうこの世界で、私の様な出来損ないのどこに生きる価値があると言えよう。私は、兄を失って、自分も見失ってしまったある時、兄に良く似た柳さんに出会った。兄に似ている柳さんに殺して貰えば、きっと、私も…!!

「どうして、俺と一緒に生きるという選択肢がないんだ、みょうじ」
『だって、私には生きる価値が…』
「無いと言うなら、俺が与えてやる。俺がお前を必要としている」
『柳さん…』

柳さんはそう言って、私の唇に、柳さんの薄く形の良いそれを優しくあてがった。初めて触れる柳さんの唇は、温かくて、少し震えていた。初めて人に、男性に触れられた私は、どうしていいのかわからずにしばらく呆けていると、柳さんは泣きそうな顔で、微笑んだ。

「俺と、生きよう。みょうじ」

あぁ、今やっと、私も特別な人間になれた気がした。

(20135031)
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