俺には今、気になっとる子がおる。でもその子の名前も、学年もまだわからんくて、その子との繋がりは放課後の図書館だけ。俺はよく月曜と木曜の放課後に図書館に行く。彼女は決まって窓側の一番奥の席に座って本を読んでいる。初めて見たとき、あまりにもその姿が様になりすぎて眩暈がした様な気さえした。それから毎日その子を探してみてはいるが、生徒数が多いこの氷帝の中から名前も学年もわからん女の子を探すというのはなかなか難しい。校舎の中で見かけることもなければ、偶然すれ違う事もなくあれから数か月が過ぎた。未だ彼女を見るのは放課後の図書館だけ。制服から見るに中等部で間違いはないが、随分落ち着いた雰囲気を纏っているし俺と同じ3年生だろうか。部活は何かやっているんだろうか、しかし随分長い時間放課後は図書館で過ごしているようだし帰宅部なんだろうか。趣味は、名前は、クラスは。そんな事を考えてばかりだ。直接声を掛ければ良いだけの話だが、随分と熱心に本を読んでいるようで、声を掛けるのも躊躇われるのだ。彼女はかなりの読書家らしい。図書館で見かける度に手にしている本が違う。その中には俺も読んだことのあるものもいくつかあった。


ーーある木曜日、いつもの様に部活前に図書館に寄ると、いつも俺が到着すると定位置で本を読んでいる彼女が席にいなかった。珍しい事もあるもんやと図書館の中を探してみると、彼女は恋愛小説コーナーの本棚の前にいた。どうやら読みたい本が高いところにあるらしく、苦戦しているようだ。


「どの本取りたいん?俺で良ければ、取ったるよ」


俺はこの機会を逃さない手はない、とできるだけ自然に。押しつけがましくなく、あくまでも偶然を装って彼女に話しかけた。彼女は俺の方を見ると、そのまま少しの間俺を見つめてそして静かに口を開いた。彼女の声を聞いたのも初めてだ。


『あの本、なんだけど…』
「どれどれ、あぁ…あの本やな。任しとき」


彼女が指差した本は、俺であれば苦労することなく取れるものだった。座っているところしか見たこと無かった彼女は、俺の想像よりもずっと小さかった。華奢だとは思っていたが、もう少し背が高いイメージだった。でも実際の彼女は小さく、更に儚い。本を取って彼女に渡すと、小さく『ありがとう』と返された。声もイメージよりも可愛い。敬語を使わんとこを見ると、やっぱりタメやったんかな。


『丁度近くに踏み台がなくて困ってたの。助かった』
「気にせんとき。困ったときはお互い様や」
『…』
「なんや、どないしたん?」


俺が問いかけると、彼女はまた少し黙って、俺と床を交互に何度か見た後に遠慮がちに言った。


『あのさ、私の気のせいなら申し訳ないんだけど』
「おん」
『忍足君って、よく図書館にいるよね?』
「…まぁ。ってゆうても週2くらいやから良く、なのかわからへんけど」
『月曜と木曜』


彼女は俺が図書館に通っているのを知っていた。図書館で俺の存在を認識していた。驚きと共に彼女に記憶に自分が残っているという事実に正直喜びを感じた。しかも俺の名前までも知っている。(俺は自分が多少、校内で名が知れている自覚はあるが、やはり嬉しいものは嬉しい)しかしそれを悟られないように「部活始まんのがいつもより少し遅いねん」とだけ言っておく。それを聞いた彼女が、俺から受け取った本をきゅっと両手で抱え込むように持つと、口を開きこう言った。




『貴方はいつもここで私を見ている』



これはこの子も俺を見てたっちゅう事やろ?


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