あれ、・・・ま、まさか。

「ひ、密さん・・・?」
「むにゃむにゃ」

ね、寝てるーーー!!

もう何回目?というくらい、不思議なほどに彼に出会してしまう。ビロードウェイのベンチでこくこくと首を揺らし寝落ちしている物体は、おそらく冬組の密さんだろう。そう思って恐る恐る近づいてみれば、やっぱり密さんだった。また第一発見者になってしまった、という憂鬱な気持ちと、わたしが見つけたことの安心感とで半々だ。なぜ憂鬱になるかというと、密さんを寮まで引きずって歩くと、次の日必ず全身筋肉痛になるからだ。この人、一見華奢な感じに見えるのに、意外と重い。もしかして、腹筋ばっきばきだったりして。・・・なんて、お菓子ばかり食べてる密さんに限って、そんなことないか。安心感の方で言えば、こんなに綺麗な顔の人が無防備に道端で寝ていたら、いつ攫われたっておかしくないからだ。
わたしの心配も露知らず、すやすやと呑気に眠りこける密さんは、月の光を受け、うっとりするくらい美人に見える。

「密さん!起きてください!!」
「やだ・・・」
「え、起きてる!?」

思い切り肩を揺らしてみた結果、密さんは俯きがちにかくかくしていた首を堂々と真上に向けて、寝る体制を変えただけだった。うう、だからって、このままここに放ってはおけないし。また寮まで引きずって歩くのは、わたしの身が持ちそうにない。
・・・あ。そ、そうだ。カバンの中にたしか・・・。

「密さん、クッキーですよ」
「・・・いいにおい」

おお。さっきよりも長く言葉を発している。相変わらず目は閉じているけれど、少しずつ意識が戻ってきているのかもしれない。すらりと形の良い鼻の前にクッキーを一枚差し出せば、すんすんと犬のように鼻を鳴らす。
ねえ、この人、もしかしてもう目が覚めてるんじゃ・・・?

それにしても、どうしてこんなところに一人でいたんだろう。前に寝ている密さんを拾った時は、ストリートACTの帰りに誉さんと逸れてしまったと言っていた。だからといって、人と逸れてとりあえずベンチで寝る人間なんているのかな。
・・・うん、目の前にいた。

「ほら、食べてください。あーん」
「あーん」

無防備にあいた口に、クッキーをつっこむ。あまくって、スパイスの効いたジンジャークッキー。クリスマスに食べるジンジャーブレッドのように、なんだか特別感のあるクッキーだと店員さんがおすすめしてくれた。あーあ、これ食べるの、結構楽しみにしてたんだけどなあ。そう思いながらも、むしゃむしゃと餌付けされている密さんが可愛らしくて和んでしまう。

カバンには、きちんとした包みに入ったクッキー缶がもう一つ。いつもいつもランチを奢ってもらってばかりの卯木さんにそろそろ申し訳なくなってきたので、少し高めのクッキー専門店でお酒に合う甘くないサブレを買ってきたのだった。もし次に食事に行くときがあれば、あればだけど、渡せたらいいなあと思って、こっそりカバンに準備してある。密さんにあげた分は、自分用にと購入したものだ。それがまさか、こんな形で役に立つとは。

「美味しいですか?」
「うん。・・・なんでだろ、なんか、懐かしい味がする」

長いまつ毛が瞬いて、ゆっくりと瞼が開いた。密さんは真っ直ぐに月を見つめ、何かを懐かしむように眩しそうな顔をする。こんなにはっきりとした様子の密さんは、舞台の上以外でははじめて見るので少し驚く。このクッキーの味から、何か特別な記憶を思い出したのだろうか。

「おいしい」
「良かったです」
「懐かしい。・・・でも、何も思い出せない」

甘いのか辛いのかわからない、不思議な味。密さんは誰にともなくそう言って、ぼんやりと、何かを思い出すかのように手元に視線を落としている。

「なにか、わかるような気がするんだ」
「まだあるから、良かったら、もう一枚どうぞ」
「うん。ありがとう」

密さんがクッキーをもう一枚手に取ったので、わたしもそれに続いて一枚手に取った。二人並んで何を話すわけでもなく、夜空にぽっかり浮かぶ月を眺めた。甘くて辛い、不思議な味がする。なんでかわからないけれど、卯木さんのいじわるな笑顔が頭に浮かんだ。



- ナノ -