2 「やあ、良かったらここどうぞ」 げ、卯木さん。 今日のランチは久しぶりにお弁当をさぼって、愛読しているブログおすすめのカレー屋さんに来た。からんからん、と軽快にベルが鳴り、初めてのお店にわくわくと顔を上げたら、その先にはにっこりと笑った彼がいた。 「はは、顔に出てるよ」 わたしを呼ぶように卯木さんが軽く手を上げる。その動作に気づいた店員さんが、いらない気を利かせ、わたしの分のお水とおしぼりを卯木さんのいるテーブルに置いた。 いやいやいや、そこ座りたくないです。せっかくのランチ、一人で食べたいんですけど。 入り口の前で立ち止まったまま苦い顔をするわたしを、店員さんが不思議そうな顔で見つめている。優雅で楽しい休憩の一時間を諦めて、わたしはしぶしぶ卯木さんの向かいに腰を下ろした。 「お疲れ様」 「お疲れ様です」 ていうか、社内の人いないだろうな。二人きりでランチなんて、こんな瞬間誰かに見られでもしたら、いよいよキラキラの女性社員たちから呼び出されてしまう。社内での立ち話を見られることより、何万倍も恐ろしいことになるだろう。 「大丈夫、うちの会社の人、ここにはあんまり来ないから」 「へ、・・・あ、はあ」 あれ、さっきからわたし、思っていることを口に出しているのかな。少し恐くなって、席に座ってから初めて向かいの卯木さんを見る。細いフレームの眼鏡の奥で、形の良い瞳が美しく弧を描いている。なんでこの人、わたしの考えていることがわかるんだろう。 「名字さんって結構顔に出るよね」 「は」 「俺を見て嫌そうな顔になるのも、俺といるところを社員に見られたらめんどくさいと思っているのも、すぐにわかるよ」 「・・・・・・」 あんぐりと口を開けるわたしを見て、卯木さんがくすくすと笑う。あれ、わたしって、そんなにわかりやすい?待って、今までもずっとこんなふうに顔に出てた? 「大丈夫、他の人の前では全然出てないよ」 「・・・心読んでます?」 また開きそうになる口を慌ててメニューで隠し、相変わらず貼り付けたような笑顔の卯木さんの視線から逃れる。 卯木さんのせいで本題を忘れかけていたけれど、今日わたしがここにきたのは、ちかウサさんのおすすめを食べるためだった。店員さんを呼び、お目当てのメニューを注文する。そういえばこの人、さっきから暇そうにしてるけど、もう注文したんだろうか。 「メニュー決めてたんだね」 「はい。好きなブロガーさんがおすすめしてたので」 注文が終わっても、初めて来るお店のメニューを物珍しく隅々まで見回しながら、卯木さんとの会話に適当に返事をする。 「それって、ちかウサ?」 「・・・え、また顔に出てました?」 「はは、流石に違うよ。俺も、それ読んで来たから」 卯木さんも、ちかウサさんのブログ読んでるんだ。意外。まじまじと卯木さんを見つめてみても、わたしを揶揄っている様子はない。この人、どこまでも完璧で爽やかで、趣味嗜好が全く見えてこないから、人間っぽい部分を初めて感じて少し感動すらしてしまう。 「俺だって好きなものくらいあるさ」 「また読んでる」 「キミがわかりやすすぎるのが悪い」 意地悪に口角を上げる卯木さんに、バツが悪くなって目を逸らす。どうしてこの人といると、こんなにもボロが出てしまうのだろう。さっき卯木さんは、わたしは他の人の前ではちゃんとしてると言っていた。もしそれが本当なら、彼の前でだけってことになる。あれこれ考えながらも、彼の前ではもう取り繕うのが面倒くさくなっている自分がいる。この人には何を隠しても無駄な気がするし、ここからわたしの印象が良くなることもないだろう。それに、卯木さんのわたしへの好感度なんて、どうだっていい。 「でも、そっちの方が良いと思う」 その声に被さるように、「お待たせいたしました」と元気の良い店員さんがスパイスの香るカレーを運んで来た。卯木さんはうっとりとその香りを嗅いで、嬉しそうにいただきますと言った。 彼がぽつりと溢したさっきの一言が、聞き間違いじゃなければいいなと思った。 |