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「え!?当たってる!!」
「あはは。キミ、たまにすごいよね」
「たまに、は余計です」

卯木さんにもらった公演のフライヤーを見れば、題材はオズと魔法使い。卯木さんは魔法使いに扮するペテン師役。・・・わたし、すごい。ほぼ当たってるじゃん。
・・・うーん、でも、卯木さんに当て書きで似合う役って、ペテン師以外やっぱり思いつかないかも。

「うーん」
「なに?」

フライヤーと実物の卯木さんを見比べる。くっそー、やっぱり、顔がいいなあ。それに、今回は特別派手な衣装ってわけじゃないのに、どこか華やかで写真映えしている。写真映りも当たり前に良い卯木さんがあまりに無敵すぎて、そろそろ悔しくなってきた。神様って不公平だわ。

「・・・舞台映えしそうだなって」
「そうかな?」
「悔しいですけど」
「悔しいんだ」

スプーンを口に含んでいる卯木さんは、普通なら間抜けな顔に見えるはずなのに、それすらなんだか絵になるから不思議。いっつも演技をしているようなこの人が、舞台の上でどんなオズワルドを演じるのか楽しみだ。きっと、綴くんが当て書きした通り、上手に嘘をつき、飄々としているオズワルドなんだろうなあ。まるで、普段の卯木さんみたいに。

「前売り買わなきゃですね!」
「ありがとう。助かるよ」
「はあ。あっという間に人気出そうですよね、卯木さん。またチケット取りづらくなるなあ」

春組は茅ヶ崎くんもいるし、我が社の女性陣もこぞって有休申請をすることだろう。旗揚げ公演の時ですら、客席を見渡せば我が社の女性社員たちがそこかしこにいたんだもの。

「楽しみですね」
「そう」

ほんの少し、言葉に陰があるような気がしてフライヤーから顔を上げる。だけど、「ん?」と首を傾げる卯木さんはいつも通りで、聞き間違いだったのだろうかと考える。でもやっぱり、少しの違和感。誰も気づかないようなくらい、ほんの少し、暗い気持ちが残るような返事。
・・・どうして?

「もしかして、緊張してたりしますか?」
「・・・さあ、なんで?」
「わからないけど、」

それ以上聞くな、と言うように、深い海の色をした瞳が冷ややかなものに変わる。それに気づいた時、やっぱりさっきの違和感は本物だったんだと確信した。

「ほら、早く食べないと時間なくなるよ」

やれやれ、といういつもの表情のはずなのに、やっぱりまだそこに陰があるような気がする。以前ならきっと見逃していたと思うくらい、わずかな違和感。・・・だけど、この心の内に触れたら、きっとこの関係は崩れてしまう。卯木さんの心の触れ方を間違えれば、もう今日までの関係には戻れないだろう。


わたしは次に発する言葉を探しながら、結局お店を出る瞬間までそれを見つけることができなかった。地下のお店から、階段を上って地上に出る。その途中、頭にぽつりと水滴が落ちてきたのを感じた。

「雨、ですね」

さっきまでは降っていなかった雨が、ぽつぽつと静かに降り出し、あっという間に大雨に変わる。良かったあ、折り畳み傘持ってて。

「卯木さん、傘は?」
「それが、会社に置いてきちゃって。まあ、コンビニまで走ればいいから」
「だめですよ」

コンビニって、ここから結構離れたところにしかないし。この人、なんてことのないように言ってるけど、今から商談に行く人がびしょ濡れなんてありえないでしょ。

「これ、使ってください!」
「キミが濡れてしまうよ」
「いーんです。わたし、戻って事務仕事するだけですし」
「いや、」

卯木さんは決して傘を受け取ろうとしない。まあ、びしょ濡れの卯木さんも、その溢れ出る色気で商談成立しそうではあるけど。

「卯木さんは商談でしょ。お客様が待ってるのに、びしょ濡れなんてかっこわるいです。ほら、行ってください」

ずい、っと傘を差し出せば、しばらく躊躇った後、わたしのしつこさに諦めたように傘を手に取った。

「キミって、結構お節介だよね。お人好しで、図々しい。・・・アイツを思い出すよ」
「え?今何か言いました?」
「・・・ううん。傘、ありがとう。またね」
「はい、行ってらっしゃい!」

行ってきます。卯木さんは小さくはにかんで頷いた。そうして、わたしに背を向け歩き出す。その後ろ姿をしばらく見送って、わたしも大雨の中を走り出した。






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