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休日の天鵞絨町は、さまざまな人で賑わっている。舞台を観に来たであろうわたしのような人や、カフェでお茶をするカップルに、公園に向かう家族連れ。暖かな風の吹く賑やかなこの街は、いるだけで自然と心が弾む。同期からもらったチケットで、初めて観る劇団の舞台に行ってみたら予想以上にとても良くて、わたしもきっと、この街でうきうきとした表情をする一人なんだと思う。

「また演劇鑑賞?」

突然始まったストリートACTに目を止めて、面白そうなので見に行こうと歩き出そうとしたところ。耳に入ってきたのは、聞き覚えのある低くどこか甘い声。・・・あ、卯木さんの声だ。頭の中でそう答えを出すと同時に振り返れば、想像通りの彼がにっこりと笑う。正解だ。

「卯木さん、」

お疲れ様です、・・・は違うか。続ける言葉が見つからず、口を開けたまま卯木さんを見上げる。そういえば、休みの日に会うのは初めてだなあ。初めて見る私服姿はシンプルでわりとカジュアル。・・・うん、こっちの方が親しみやすくて好きだ。スーツ姿は近寄りがたさを感じるくらい、あまりにも完璧すぎるからね。

「他の劇団に心変わり?」
「違います、同期にチケットもらって」
「・・・へえ」

弓形に弧を描く卯木さんの瞳。揶揄うような表情の卯木さんから逃げるように、話を逸らそうと試みる。

「卯木さんは、何してるんですか?」
「稽古の休憩中だよ。・・・そうだ、暇ならちょっと散歩でもしようよ」
「・・・仕方ないですね」

はは、と卯木さんが笑い出す。相も変わらず素直になれないわたしに、卯木さんはもうすっかり慣れてしまったようだ。
自分でも不思議だ。以前なら、卯木さんからの誘いは嬉しいものじゃなかったのに。今は一緒に過ごす時間も、まあ悪くないと思っている。・・・って。何度も心を読まれてるとはいえ、わたしのこんな心変わりまで読まれてしまったら、ちょっと気まずいなあ。そんなことを思っていたら、卯木さんが笑いを噛み殺すように肩を小さく震わせている。・・・やっぱり。この人には、そこまで全てお見通しなんだよねえ。

「次の公演、もうすぐ発表らしいですね」
「うん。俺の役、なんだと思う?」
「え?・・・うーん。MANKAIカンパニーって、当て書きなんですよね?」
「そうだよ」
「ちょっと本気で考えるから、時間ください」

はいはい、と呆れたように卯木さんが笑って、空いていたベンチになんとなく二人で並んで座る。・・・卯木さんの当て書き、かあ。もしかして、主演だったりするのかな?でも、正当なヒーローとかは、なんか違う気がする。かと言って、悪役・・・ではないだろうし。
わたしが綴くんなら、卯木さんにどんな役をあてるだろう。

「決まりました!当て書きなら、詐欺師」
「ひどいな」
「でも、わたしが卯木さんにぴったりだと思うのは、魔法使い」
「・・・へえ、俺のことそんな風に思ってるの」

柔らかな表情をして、卯木さんはのんびりとした声で問いかける。

「だって、心の中を簡単に読めるでしょ?して欲しいことを言わなくてもさらっとやってくれたり、好きなものプレゼントしてくれたり」
「意外と俺の評価が高くてびっくりしてるよ」

卯木さんの声はどことなく愉快そうで、わたしは安心して話を続ける。

「詐欺師っていうのは、嘘ばっかりつくからです」
「嘘なんてついたことないさ」
「ほら、そういうとこ」
「あはは」

咎めるような目線を向ければ、卯木さんはまた笑い出す。この笑顔すら嘘かもしれないけれど、卯木さん、よく笑ってくれるようになったなあ。何が嘘で何が本当かなんてわからない。もしかして、彼の本当をわたしにはまだ見せてないのかもしれない。それでも。

「卯木さんのつく嘘が心地良いなんて、不思議ですよねえ」

自分でも、その理由がわからない。自分ばかりが曝け出されてしまうこの空間が、いつからか不思議なほどに居心地が良い。

返事のない卯木さんを盗み見れば、驚いた顔がすぐに困ったような表情に変わる。ふと聞こえた小さな鳴き声に足元を見れば、公園の猫が卯木さんの足元に擦り寄っていた。・・・この人、もしかして、猫苦手なのかな。意外な弱点発見。

「動物は苦手なんだ」
「でも、猫は好きそうですよ、卯木さんのこと」
「まったく、困ったな」

猫を振り払おうともせず、されるがままにして、卯木さんは鬱陶しそうに眉間に皺を寄せる。こういうところが、割と好きだなあと思う。きっと猫も、卯木さんの見えづらい優しさをわかっているから、こうして寄ってきたのだろう。まるで、今のわたしと一緒だ。卯木さんならきっと受け止めてくれるだろうと、彼の前では気の向くまま、自由に振る舞っている。

「公演、楽しみですね」
「そう」
「卯木さんは?」
「さあ、どうだろうね」

ボールで遊ぶ子供、花を見る老夫婦。公園の中で過ごすいろんな人たちに順番に目線を向けながら、卯木さんは他人事のように返事をする。自分の気持ちを誤魔化すような、気持ちのこもっていない返事。だけどわたしには、そんな彼の態度と気持ちが、ちぐはぐのように見えてしまった。

「自分でも気づいてないのかもしれないですけど、稽古の話をする卯木さん、結構楽しそうですよ」

納得いかなそうに苦笑いをして、卯木さんはわたしの満面の笑みから逃げるように、足元の猫へと再び視線を向けた。




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