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「昨日、密さんと天鵞絨町で会いました」
「へえ。なんでそれを俺に?」
「一応、報告です。前みたいに訳もわからないまま酷いこと言われるのは嫌なので」

嫌味っぽくそう言えば、卯木さんは少しだけバツの悪そうな顔をする。たしかに、彼女でもあるまいし、いちいちこんなことを報告する必要はないのかもしれない。だけど、それが卯木さんを安心させるなら、わたしは伝えるべきだと思ったのだ。

「悪かったよ」
「いや、わたしが好きで報告してるだけなので」
「はは、言い方」

今日のランチはエスニック料理。卯木さんは激辛のパッキーマオを汗一つかかず平気な顔をして食べている。椅子の背もたれには、どこからどう見ても仕立ての良いスーツの上着が乱暴にかけられている。卯木さんのスーツって、どれも体のラインに沿った美しいシルエットにパリッとしたツヤのある生地だ。きっとオーダーメイドなんだろうなあ。自分のシャツの匂いを嗅ぎながら、高そうなスーツにこの独特の料理の匂いがつかないか、他人事ながらに心配になる。

「それ、辛いですか?」
「いいや?」
「・・・・・・」
「ひどいな、ちゃんと味覚はあるよ」

涼しい顔をして麺を口に運ぶ、卯木さんの美しい顔立ちをまじまじと観察する。多分、作りとしてはとてもシンプルだ。それぞれのパーツは派手だったり特徴があったりするわけではないのに、一つ一つがとても整っていて、完璧なサイズ、完璧な配置で顔に収まっている。改めてじっくりと正面から見つめてみれば、その美しさに驚いてしまう。きっと神様は、卯木さんを作る時、よっぽど暇だったのか、めちゃくちゃ気合いを入れて作ってみたかのどっちかなんだろう。特別特徴があるわけじゃないのに、ハッとするような整った顔立ち。・・・あー、羨ましい。

「食べづらいなあ」
「すみません。ちょっと観察してました」
「はは、じゃあ俺もお返しに」
「やめてください!!」

思いっきり嫌な顔をすれば、卯木さんはからからと笑う。こんな美人にまじまじと見つめられるなんて、たまったもんじゃない!それでなくとも昨日は寝不足で、肌の調子が良くないのに!

「これ、お土産」
「え?」
「だから、お返しだよ。これを渡したくて、今日はランチに誘ったんだ」

は、早とちりだったみたい。でもあの人、勘違いさせるような言い方してきたし。・・・いや、あれは絶対わざとだった。
恨みがましく卯木さんを見つめながら、ありがとうございます、とその袋を受け取る。
手元に差し出されたのは、シンプルなロゴの入ったショップバッグ。袋の中を覗いて見れば、丁寧にラッピングされた小箱が入っていた。

「チョコレートだよ」
「チョコ・・・?」
「そう。出張先で、有名なショコラトリーに行ってきたんだ」
「へえ」

卯木さんって、甘いもの苦手じゃなかったっけ。そんなことを考えながら口から出た返事は、あまりにも軽かったようで、卯木さんがため息まじりにやれやれという顔で笑う。

「キミのためだよ。それ、チョコレートにスパイスが入っているんだ」
「・・・・・・」
あ、そうだったんだ。
「そういうの、好きそうだと思ったから」
「・・・ありがとうございます」
「どういたしまして」

ようやく満足そうな顔をして、卯木さんが口角を上げる。お返しって、サブレのお返しって意味だろうか。別にあれは、わたしから卯木さんへ食事のお礼のつもりで渡したものだったのに。手元には、落ち着いた色合いでラッピングされたおしゃれな小箱。出張先で、卯木さんがわざわざわたしのためにこのお店に足を運んでくれたのかと思うと、なんだかくすぐったいような気持ちになり、どんな顔をしていいかわからなくなってしまった。

卯木さんの視線から逃げるように、袋に一緒に入っていた商品説明のリーフレットに目を通す。チョコレートに入っているスパイスは、カルダモン、ペッパーに山椒。見ているだけで、なんだかわくわくする。さすが卯木さん、センスがいい。

「このチョコ、卯木さんみたいですね」
「なに、それ?」
「甘いのか辛いのかわからない、不思議な感じが」

そう言った瞬間、驚いたように卯木さんの目が見開かれた。けれどすぐにいつも通りの微笑みを貼り付けて、なんだそれ、と茶化すようにわたしに目線を向ける。

「なんとなく、前にもそう思ったことがあって」
「・・・ふうん」

急に声色が変わった気がして、卯木さんの表情を盗み見る。・・・ああ、やっぱり。もういつもの、仮面のように貼り付けた作り物の表情をしていない。

「キミってもしかして、・・・いや、そんなわけないか」

周りの雑音でよく聞こえないけれど、卯木さんが考え込むようにぶつぶつと何かを言っているのがわかる。ありのままの卯木さんの表情は、なんだかめんどくさそうに、いつもよりうんと無愛想だ。だけど、こっちの方が卯木さんらしいとなんとなくそう思う。わたしがここで話しかけたら、またいつもの完璧な卯木さんに戻ってしまうんだろうなあ。それが少し残念に思えて、わたしは聞き返すことをせず、卯木さんの眉間による皺を、リーフレットの端からこっそりと見つめた。



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