My Dear


「うわ」

なにこれ。かっこよすぎるだろ。

小さな店内の掃除や、数少ないお客さんとのやりとりを終え、チケットやらサッカーイベントやらの冊子がごちゃごちゃと積み重なったカウンターに座り、こっそりとヤツの出ている雑誌を広げて読んでいた。このあいだ、怖い顔して笑っていた臼井さんから賄賂と引き換えにもらったサッカー雑誌だ。大丈夫、アイツが帰ってくるまではまだ時間がある。

「アイツが帰ってきたら適当に帰っていいからね。いつもありがとう」と先に帰ったおじさんの代わりに、錆びてギシギシと鳴るパイプ椅子に座り音を立てる。天才的――、最強聖蹟の――。1ページに渡るヤツの紹介文に書かれた仰々しい文章は、まるでわたしの頭に入ってこない。ちくしょう、かっこよすぎる。なにこのかっこいい横顔。こっちなんて振り返った顔が最高にかっこいい。・・・どれもこれも、こんなにかっこいい写真使わなくてもいいじゃん。いま以上にアイツのファンが増えたらどうするつもりなんだ。
・・・敦は、どうするんだろう?

「うわっ」
「チッ」

顔をあげたら、目の前に敦がいた。

「てめえ。人の顔見てうわとはなんだぶっ飛ばすぞ」
「あ、あはは。ごめんごめん。びっくりして」
「・・・・・・」

ボケナスが、ぐらい返ってくると思ったが、まるで反応がない敦を不思議に思い首を傾げる。敦のネクタイの結び目からそっと視線を上げれば、敦はじい、とわたしがたった今穴があくように見つめていた君下敦の特集ページを見つめていた。
うわ、やべ、バレた・・・。

「・・・これ」

敦が目線を上げ、わたしを見下ろす。

「あ、あーこれ!なんかこの前臼井さんに貰ってさー、一応、読んどこっかなって。臼井さんに感想聞かれたら怖いし!」

しどろもどろに説明するわたしを、全然納得していないご様子で敦は見下ろす。その突き刺さるような視線に、背中がじんわりと汗ばんだ。う、な、なんか言わなきゃ・・・。

「あ、ほらここに喜一も出てるし!」
「・・・・・・」
「す、すごいよね、1ページ丸々喜一の特集されてるなんて!」
「・・・・・・」

ね、と苦し紛れに、敦が特集されている隣のページに映る喜一の写真を何も言わない敦の目の前に差し出せば、一瞬だけそのページを見た敦は眉間に皺を寄せ、舌打ちをする。ちょっと、なんでさっきから黙ってるんだ。・・・敦の気持ちがわからない。バカのページなんか見せんな、ぐらい返ってくると思ったのだけど。
・・・ああ、もう帰ろう。

「あ、じゃあわたしそろそろ帰ろっかなあ。お店のカギおじさんから預かってるの、ここ置いとくね」

敦との空気が居た堪れなくて、カウンターに置いていたペットボトルやスマホを引っ掴んで急いで学生カバンにしまう。その間、なんにも言わない敦はわたしの動きを穴があくほどに見つめていた。・・・一刻も早く帰らねば。

「じ、じゃあ」
「送る」

敦の横を逃げるようにすり抜けようとしたわたしを、敦の一言が制した。

「え」
「タワケ。危ねえから送るっつってんだ」
「い、いやいや。大丈夫だようちすぐそこじゃん」

敦の家の隣の隣の隣がわたしの家だ。ここから歩いて1分もかからないだろう。

「・・・うるせえ、行くぞ」
「・・・あ!君下、待って。お店は?どうするの?」
「ああ?・・・もう今日は店じまいだ。どうせ誰も来ねえからな」

そう言って、ずんずんとお店の入り口まで進んだ敦は、手の中でくるくるとサッカーボールのキーホルダーが付いたお店のカギを器用に回して振り返る。

「おい、置いてくぞ」

ああ、やっぱり敦が好きだなあ。


2019.9.28



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