とろける食卓2


※捏造です。御幸母他界、親父呼び。





誕生日。昔はプレゼントを置く場所とか、甘いものが苦手なくせにケーキがあるかないか、とか。ちっぽけなことにこだわっていたっけ。
キャッチャーミットが欲しかったのに、プレゼントはピッチャー用のグローブで親父にめちゃくちゃ文句を言ったし、二人ともチョコケーキが苦手なくせにわざわざそれを選んでくるから、顔を真っ青にして近所の幼馴染の家に押しかけたりもした。
それでも、「母さんだったらちゃんと欲しいものわかってくれた」とか、「母さんは俺の好物知ってるのに」とか。そういう文句は絶対に言わなかった。俺の親父は不器用なタイプの人間で、上手に俺から欲しいものを聞き出したり、俺にバレないように食べたいものを知る術なんてもってない。そういうのは母さんが上手だった。それでも少ない情報から必死に俺の誕生日を祝おうとしてくれるその姿と愛情はきちんと伝わっていた。俺は親父から受ける拙い愛情が嬉しくて、でもそれを素直に喜べるような子供ではなかったから、ありったけの文句で返してやった。
今日は11月17日。


「今日は手巻き寿司だよ。おじさんとおばさんとうちの弟と食べてるよ。今年のケーキは成功して、おじさんが褒めてくれたよ。やったー!」

メールを開けば、ビール片手に手巻き寿司を頬張っている親父と、親父に楽しそうに雑誌を見せているあいつの弟がうつっている。その手は米粒だらけで、白い練習着には醤油が跳ねたような染みがいくつかあった。あとで名前にぶっ飛ばされるんだろうなあ。母さんの写真の前には好きだったエビとネギトロを巻いた手巻き寿司が置いてあって、きちんと醤油まで用意してあるからちょっと笑った。あいつのこういうバカみたいに素直で優しいところが好きだ。

「もしもし?」
「・・・よ」
「めすらしいね、一也。怪我の具合はどう?」
「大丈夫だよ。体は一応動かせるようになったから」
「そっかあ。良かった!明日おじさんに話そうっと」
「そ」

電話越しの名前は安心したのか、力が抜けたようにふにゃふにゃと笑っている。相変わらず、名前は親父と夕飯を食べているらしい。去年の正月実家に帰ったら、可愛らしい黄色の茶碗が食器棚に並んでいて驚いた。でも、その茶碗は昔からそこにあったように、しっくりと居心地良さそうに並んでいて。なんだかくすぐったい気持ちになった。

あたたかい、名前にぴったりな色。こんな可愛い食器を親父はどんな顔してレジに持って行ったんだろう。
そういえば、俺の誕生日ケーキには、いつもネームプレートがのっていた。あのチョコは、なんでか結構好きだった。恥ずかしい思いをしながら、可愛らしいケーキ屋で女性店員に頼んでくれていたんだろう。親父が一番苦手そうなことなのにな。

「手巻き寿司食ったの?」
「昔からおじさん、お祝いの時にはお寿司だったから。喜んでくれてるといいなあ!」
「喜んでんじゃねえの」
「そうだといいなあ」

名前の、嬉しそうなふわふわとした声。同じ東京にいるのに、もうしばらく直接聞いていない。

約二年前、家を出る俺を名前は温かく送ってくれた。あいつの弟は近所の人が家の外に出て何事かって騒ぐぐらい泣いてたけど。泣きながら「行かないで」とか、ちょっと言って欲しかったんだけどなあ。まあでも、こいつも前から覚悟をしていたみたいだし。むしろ清々しい顔をしていて、なんだか逆に俺の方が泣きそうになった。ちょっとだけ。
あとからあいつの弟に聞いた話だけど、俺が家を出た日の夜、一晩中泣いていたらしい。泣くなら俺の前で泣けよってなーー。

「秋大、観に行ったよ。一也かっこよかった」
「会いにくりゃ良かったのに」
「へへへ」
「笑って誤魔化したな」
「あっ!お正月は帰ってくるの?」
「わかんねえけど、多分」
「そっかあ。楽しみだなあ」

おじさんもおばさんも喜ぶね。そう言って名前は嬉しそうに笑う。みんなでごはん食べようねー。弾んだ声に、そうだな、と素直に返事をする。

だめだ。会いたい。会って話したい。顔を見たい。名前に触れたい。今お前、どんな顔して笑ってんの?だから電話は嫌なんだ。声を聞いたら、会いたくなってしまう。女々しいなー、俺。

あの淡い黄色の茶碗のように。いつか俺を抱く母さんと、親父が並んだ写真の隣に、俺とこいつの写真が並べばいいなあ。まあ、まずは想いを伝えるところから。まだまだ先は長そうだ。

とりあえず、帰ったらあの小さな食卓を囲もう。無口な親父とひねくれた俺と優しく微笑む母さんと、幸せそうに笑う名前。あの小さな空間に、昔から俺の幸せは詰まっている。

「そういや、まだ聞いてないんだけど」
「あっ!そうだった。へへ。・・・誕生日おめでとう、一也」

今日は俺の誕生日だ。


2015.11.17





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