とろける食卓1


※捏造です。御幸母他界、親父呼び。





「ただいまー!」

工場を覗けば、帽子を深く被ったおじさんがいつものように軽く手を上げて、小さく笑って応えてくれる。おじさんの、そのちっちゃな笑顔が好きだ。寡黙な人だけど、その分体から温かさが溢れている。手の上げ方も笑った顔も一也そっくり。大の仲良しって感じの親子じゃないけれど、やっぱり二人は紛れもない親子だなあって思う。


二階に上がって、適当に荷物をおろしてから台所へ向かう。おじさんが朝洗ってから出勤したであろう食器を拭いて、元の場所に戻していく。もうほとんど乾いているし、今は一人分の食器しかないからすぐに片付けが終わってしまうのがちょっとだけ寂しい。それでも、食器棚を見るのは好きだ。おじさんの愛情が伝わってくるから。食器棚には今もおばさんの分のピンクの食器が並べてあって、色味がない食器棚の中でピンクの食器はきらきらと輝いている。その隣におじさん、一也、と並んでわたしの食器が置いてある。なんだか御幸家の一員みたいで照れくさい。

わたしの食器は淡い黄色。いつの間にかおじさんが買ってきて、御幸家の食器棚に入れてくれていた。

「おかえり!」
「ただいま」
「今日もおつかれさま!今お湯沸かしてるから、お茶入れるね」
「ありがとう」

わたしと一也はいわゆる幼馴染で、お向かいさんである。一也とは生まれた時から中学までずっと一緒だった。15年。なのに中学を卒業した春、一也はあっという間に遠くに行ってしまった。わたしも、おじさんも置いて。

昔からわたしは一也のおばさんとおじさんが大好きだったし、一也が家を出てからは、バイトがない日は一也の家でおじさんと晩御飯を食べている。放っといたらおじさん、ビールとカップラーメンしか食べないんだもん。おかげでわたしの料理のスキルは格段に上がったし、おじさんのカップラーメン消費量は大幅に減った。と信じている。
だって、おじさんには長生きして欲しい。

「はい、お茶。熱いよ!」
「ああ、ありがとう」
「はい、おばさん。お茶だよー熱いよー」

可愛いうさぎの湯のみがコトンと音を立てる。新婚の頃、おじさんがおばさんに選んであげたという湯のみだ。昔からセンスがいいんだね。
おばさん、今日は一也の誕生日ですよー!

「ごはんの準備するね」
「名前も、たまには家で食べていいんだぞ」
「えーー、またそれー。家にいるとお母さん勉強しろってうるさいし、おじさんと食べる方が楽しいもん」

そうか。おじさんがお漬物に手を伸ばしながら小さく笑う。うーん。まだ無理してるとか思ってんのかなあ。そんなこと思ったことないのに。わたしはここでごはんを食べるのが大好きなんだけどなー。

弟も、週に何度か逃げるようにやってくる。今年中3になる弟は年明けに受験が控えていて、お母さんにガミガミ言われるのが嫌らしい。来るたび集めている一也の記事をおじさんに見せびらかして、一也のプレーやら凄さやらを説明している。弟はずっっっと喋っているけれど、おじさんがいつも楽しそうに聞いているからわたしも嬉しくなる。

「今日はね、一也の誕生日だからご馳走だよー。手巻き寿司!楽しいよね!」
「そうだね」
「それでね、今日遅くなったのはケーキ作ってたからなんだ!今年はきれいに焼けたんだよ!」
「去年はすごかったもんな・・・」
「うるさいな!チョコケーキよりましでしょ!二人して毎年顔真っ青にしてうちに残り持って来てたくせに!」
「はっはっは」

おばさんが好きだったエビとネギトロをそれぞれ巻いて、写真の前に置く。おばさん、一也、17歳になったよ。今頃、部活のみんなにお祝いしてもらってるのかなあ。今日も部活頑張ったのかなあ。あっ、でも今肉離れしてるんだっけ。じゃあ、一也のケガが早く治るように、どうか守ってね。

「おーーじーーさん!!!」
「おう」
「ドアは優しく開けろって言ってんでしょバカ」
「うわー!手巻き寿司!手巻き寿司!」
「聞けよ!あんた今日こっちで食べんの?」
「うん!だって今日うち煮物だもん。あと一也の誕生日だからケーキあんでしょ?あ、おばさんこんばんは!一也お誕生日おめでとう!」
「はあ・・・。じゃあお皿持ってくるから。手洗って座りな」
「ねえ!おじさん見て!この記事!一也のこと書いてあってさあ!ほら!天才だって!やっぱすげえよなー一也。俺も一也みたいなキャッチーになりてえなあ」
「手洗わない人は手巻き寿司食べさせないし一也みたいなキャッチーにはなれません」
「すぐ洗って来まーす!」

ドタドタと足音が騒がしい。足音だけじゃなくて声も大きいし全体的にやかましい。将来うちのお父さんみたいにならないかが心配だ。

「姉ちゃんオッケー!」
「座ってよし!」
「じゃあ!一也の誕生日を祝ってかんぱーい!」
「かんぱーい!」

弟の乾杯の音頭が高らかに響いた。プラスチックのグラスがコン、と小さく鳴って、おじさんが美味しそうにビールを飲んだ。
今日は一也の誕生日だ。



2015.11.17





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