ざあざあと、雨粒が地面を叩く音がする。こんなにしっかりと雨が降るのは、久しぶりかもしれない。ベッドからのそのそと這い出て、わたしにしてはめずらしく、起床と同時にカーテンを開けてみた。わたしの友人たちにこのことを話したら、きっとみんな驚くだろう。いかにわたしがずぼらでめんどうくさがりだと思われているかがわかって、想像しただけなのにちょっと恥ずかしい。

窓の外はやっぱり雨。しっかりとした本降りの中、傘を差して歩く人たちを見つめる。

こんな日は、諏訪のおばあちゃんと出会った時のことを思い出す。おばあちゃんと出会ったから、わたしは諏訪と友達になることができた。わたしにとっては、おばあちゃんは恋のキューピットと言っても過言ではない。

窓の外をぼんやりと見つめていれば、ぐう、とお腹が鳴った。・・・そういえば、昨日バイト前に適当にお菓子をつまんだのが最後だったっけ。返事をするように、再びお腹がぐう、と鳴る。雨だし面倒くさいけれど、コンビニまでお昼ごはんを買いに行こうかなあ。・・・面倒くさいけれど。



▽▲▽



「名前?」
「・・・諏訪!」

傘の中、足元の水たまりに気を取られながら歩いていれば、大好きな人の声がした。まさかそんなわけ、と思いながら顔を上げれば、灰皿に煙草を押し付けて、諏訪はコンビニの屋根の下をできる限りわたしの方へと向かって来てくれる。

「びっくりした、買い物?」
「ああ。そんでこれからゼミ」

胸ポケットに入れた煙草の箱をトントン、とシャツの上から指差す。やっぱり諏訪は、今日もわたしのために煙草を消してしまった。

「雨、すげえな」
「そうだね」

傘を閉じて諏訪の隣に並び、鈍い色の空をぼうっと見上げていれば、諏訪が突然わたしの腕を掴み、自分の体の方にぐっと引き寄せた。驚いて諏訪に視線を向ければ、諏訪はドアから出てきた男性に向かってぺこりと頭を下げる。ああ、わたし、ドアの前に立って邪魔になっちゃってたのか。

「諏訪、ありがとう」
「ああ」

諏訪はなんでもないように返事をして一歩後ろにさがり、またさっきまでの距離に戻る。わたしはどきどきとうるさい心臓を落ち着かせようと、また灰色の空を見上げた。

「お前も買い物?」
「うん。お昼ごはん買いにきた」
「この雨ならメシくらい諦めそうなのに、めずらしいな」

諏訪はいたずらっぽく笑って、わざと驚いたような表情をする。隠してもないけれど、めんどくさがりなわたしの考えをお見通しなのは、やっぱりちょっと恥ずかしい。冷蔵庫に何も無かったの、と言い訳っぽくそう言えば、諏訪はくつくつと笑い出す。

「今時間あんのか?」
「うん」
「俺もまだ時間あるし、コーヒー買ってくるから、飲みながら話そうぜ」

嬉しくなって大きく頷けば、諏訪も楽しげに口角を上げる。先に店内に入ろうとすれば、諏訪は「待ってろ」と一言、わたしを片手で制しさっさと店内に入ってしまった。その後ろ姿を目で追いかけながら大人しく待っていること数分で、諏訪はコーヒーを両手に戻ってきた。

「ほらよ」
「ありがとう。あの、お金」
「いーよこんくらい」
「・・・ありがと」

諏訪から受け取ったコーヒーは冷えた指先を温めてくれる。隣で勢いよくカップを傾けた諏訪が、「あちっ」と声を上げたので思わず笑ってしまう。それに気づいた諏訪は苦い顔をして、照れた顔をごまかそうとしている。

「雨、うっとおしいなぁ」
「そう?わたしは割と好きだよ」
「変わってんなあ」

あの日も、こんな雨が降っていた。
朝のニュースの時には雨が降るなんて予報をしていなかったのに、何の前触れもなくそれは降ってきた。わたしはバイト帰りのバスに揺られながら、鞄の中に折り畳み傘が入ったままになっている奇跡に気づき、心の中でガッツポーズをしていた。

最寄りのバス停に着き、みんなが傘を差して散り散りに去っていく。そんな中、前方の優先席に座って先に降りたはずのおばあちゃんが、いつまでも停留所の屋根の下に佇んで、困った顔で空を見上げていることに気がついた。

傘が無くて帰れないのかな。そう気づいたわたしは悩む暇もなく、おばあちゃんに折り畳み傘を差し出していた。わたしが雨に濡れる心配をして断るおばあちゃんに無理矢理傘を待たせ、某国民的アニメ映画の男の子さながら、わたしは雨の中を走り去ったのだった。

その傘が、後日話したこともないクラスメイトから返ってきたのだから、あの時は驚いた。それに、ここまで長い付き合いになるってことも。なにより、こんなに好きになるなんて、あの頃は思ってもみなかった。

だからわたしは、こんな雨の日も嫌いじゃない。

「あの日雨じゃなかったら、諏訪とこうして一緒にコーヒー飲めなかったと思うから」
「・・・・・・」

カップを持つ自分の指先を見つめて、思ったままにそう言えば、いつまでも諏訪からの返事がない。・・・も、もしかして、重かったかな。突然こんなこと言って、気持ち悪かったかもしれない。不安に思いながら、上目遣いで恐る恐る諏訪を見上げれば、諏訪はわたしの視線から逃れるかのように、また勢いよくカップを傾ける。
そ、そんな勢いで飲んだらまた。

「あっち!!!!」

ほら、言わんこっちゃない!





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