買ったばかりの雑誌を開いて、ため息をつく。メイク、ファッション、ダイエット。ヘアスタイルにネイルにスキンケア。いったい、何から手をつければ良いんだろう。この短い髪じゃあ、ヘアアレンジはできないし。それじゃあ、メイクを変えようかなぁ。だけど急にがっつりとメイクをすれば、みんなにびっくりされてしまうかもしれない。可愛すぎるのは、きっとわたしには似合わない。だからこそ、「可愛い」の加減はむずかしい。

ぺらぺらと雑誌をめくり、ふとそのページに目を止めた。紹介されているのは、可愛らしいアクセサリーたち。あ、と小さく声に出して、引き出しに眠ったままの、お母さんから成人祝いとして貰った小ぶりのイヤリングのことを思い出した。シンプルで繊細なデザインがとても可愛いけれど、アクセサリーはなんだかわたしには似合わない気がして。使えないまま、今日までアクセサリーボックスに大切に閉まったままになっていた。そうか、あのイヤリングなら。ほんのちょっぴりだけ、可愛いに近づけるかもしれない。

クローゼットからアクセサリーボックスを取り出して鏡に向かう。久しぶりに取り出したそれは、窓からの光を受け、きらりと輝いてみせた。


▽▲▽



煙草を吸う諏訪を見つけて思わず駆け寄れば、諏訪はひらりと片手を上げて、それとなく煙草を消して喫煙所を出てきた。煙草を吸っている時の諏訪は、眉間の皺がふと緩む。そのゆるっとした表情が好きで、諏訪が煙草を吸うのがわたしの密かな楽しみなのだ。
それなのに、いつも諏訪は適当な理由をつけて、煙草を吸うのをやめてしまう。二人でいる時なんて、そもそも吸いもしないぐらいの徹底ぶりだ。それはまるで線引きをされているみたいで、いつまでも気を許してもらえていないように感じて少し寂しい。

「諏訪、わたしの前でも煙草吸っていいよ」
「あー、ちょうど吸い終わったんだよ」

ほら、しらっとバレバレの嘘を言う。諏訪は嘘をつく時よく目を逸らす。人の嘘は鋭く見抜くくせに、自分が嘘をつく時はわたしでも気づけるぐらいに分かりやすい。何か思っていることがあるなら、言ってくれたらいいのに。

「・・・ごめんね。諏訪が煙草吸ってる時は、もう邪魔しないようにする」
「なんでそうなるんだ。別に、お前に遠慮してるわけじゃねえよ」

煙草吸ってるよりお前と話してる方が楽しいだろ。

なんてことのないように諏訪は言う。勝手にへこんでめそめそしているわたしを、諏訪はめんどくさがりもせず受け止めて、舞い上がってしまうような一言をさらりと言ってくれる。諏訪にとっては他のみんなにかけるのと同じように選んだ言葉だとしても、わたしには踊り出してしまいたくなるくらいに嬉しい言葉だ。
にやにやと緩む表情を一生懸命に引き結んで、わたしも諏訪に、思っていることを正直に伝えることにした。

「あのね、残念だなって思ったの」
「・・・は?何が?」
「煙草のにおいはあんまり好きじゃないけど、諏訪からする煙草のにおいは結構好きなんだよね」

洋服にほんのりと香る苦い匂いが、諏訪が隣にいたことを教えてくれるから。わたしの中で、もうそれが諏訪の匂いになってしまって、なんだか諏訪の一部を感じているようで、嬉しいのだ。

「なんだそれ」

ぶっきらぼうに返ってきた返事の主を見上げれば、眉間の皺がうんと濃い。きっと照れくさくなって返事に困ってしまったのだろう。子供っぽい諏訪が、可愛らしく思えてしまう。
そんなわたしに仕返しとばかり、諏訪が覗き込むようにわたしに顔を寄せる。

「耳、珍しくイヤリングつけてるんだな」
「う、うん」

諏訪に可愛いと思ってほしくて自分でつけたくせに、見つかってしまえば照れくさく、つけてこなければ良かったかな、と早くも後悔してしまう。でも、風間と約束したんだ。わたしは変わるって。ええい、と勇気を出して顔を上げたわたしは、変わらずわたしを覗き込むように見つめていた諏訪の返事を待ち、目を合わせる。

「似合ってる」

・・・か、返り討ち。
諏訪に可愛いと思ってもらうはずが、わたしだけがまた諏訪にときめいてしまっている。・・・だ、だめだ、これじゃ。慌ててきりりと表情を引き締めて、できる限り平然を装う。

「ありがとう。これ、貰ったんだ」
「・・・誰に?」

なんとなく違和感を感じたその言葉の響きが気になって諏訪を見上げれば、いつもと同じ、どこか気怠げな表情で真っ直ぐに前を見つめている。

「お母さんだよ。成人祝いにって」
「そうか」
「可愛いデザインだから、あんまり似合わないかなって思ってつけてなかったんだけど・・・」

やっぱり、わたしに似合っているのか自信がない。諏訪の視線から逃げるように俯いて、耳に光るイヤリングを隠すように指で触れる。

「似合ってるよ」
「・・・え?」

驚いて顔を上げれば、諏訪はいつもと違う柔らかな表情でわたしに向かって微笑む。な、なにその顔。不意打ちでそんなにかっこいいの、ずるい。

「お前の親は、お前のことよくわかってんなぁ」

・・・完敗だ。
ほんの少し褒められただけで、それだけでこんなに満ち足りた気持ちになってしまう。ありがと、とやっとの思いでお礼を伝え、さっきとは違い、恥ずかしさでまた俯いてしまう。
大好きな人に褒めてもらえるって、こんなにも幸せなことなんだ。

「なに笑ってんだよ」
「え!?・・・あの、その。・・・う、嬉しくて。・・・諏訪が褒めてくれたから」
「かっ・・・!」
「か?」

驚いたように目をまんまるにさせた諏訪が、「か」の口のままその場にフリーズしてしまった。か、・・・か?諏訪はなんと言いたかったのだろう。続きを促すようにじいっと諏訪を見上げれば、ふうー、とそれはそれは長い息を天に向かってひとつ吐いて、ようやくわたしに向き直った。もうすっかり、いつもどおりの諏訪に戻っている。

「・・・帰り、一緒に本屋行こうぜ」
「うん!」




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