3 「諏訪のタイプって、どんな子?」 「あ?別にねーけど」 「つれないこと言うなよー。つーか諏訪って名字と仲良いじゃん」 わたしは一人、廊下で息を殺していた。明日提出しなくてはいけないプリントを机の中に忘れ、途中まで帰路についていたものの、慌てて取りに戻ってきたのだ。さっさとプリントを取って、さっさとバイト先に向かいたいのに。教室にはこんな時に限って、好きな女の子のタイプで盛り上がる男子たちがいる。その中にはわたしの好きな人がいて、何故かわたしの名前まで出ているのだから、どうしたってその場から動けなくなってしまった。 「まあ、仲良いけど」 「諏訪は美人が好きなんだろ?やっぱお前も、顔で選ぶんだなー」 「そんなんじゃねえよ」 男の人にとってのわたしは、やっぱり見た目でしかないみたい。わたしの性格も、趣味も、多分興味なんてないんだ。 だからこそ、少しイラついた声で否定してくれた諏訪に、わたしはほっとしてしまった。 今までも、この顔を見て声をかけてくる人はたくさんいた。だけど、諏訪は違った。わたしのめんどくさがりな性格を笑って、わたしが好きそうな小説やお店を見つけてくれる。それが、わたしを全く意識してないからだとしても、特別扱いじゃないことが嬉しくて。他の友達と同じように話す雑な言葉遣いも、あからさまに面倒くさそうにする表情も、どんな時も飾らない態度で接してくれる諏訪が、わたしにとって、とても特別だった。 「俺の好きなタイプは、可愛いやつ」 ぼそりとそう言ったはずの諏訪の言葉が、いやに鮮明に耳に入ってくる。囃し立てる他の男子の声の方が大きいはずなのに、わたしには聞き慣れた諏訪のハスキーボイスだけが、クリアに聞こえていた。 「それじゃあ名字じゃないよなー」 「諏訪、俺も綺麗より可愛い派」 「うるせー、俺は帰る」 帰る、と聞こえた声に、慌ててその場を駆け出した。可愛いやつ、そう言った諏訪の声が何度も頭の中で反芻する。・・・そっか。やっぱり、わたしじゃない。美人も綺麗も何度も言われてきたけれど、可愛いなんて、子供の時以来めっきり言われなくなってしまった。 諏訪は、わたしと正反対の女の子が好きなんだね。 息が続かなくなるまで無我夢中で走り、重い足取りでバイト先へと歩いていれば、前を歩く女の子たちの中で背が低い子ばかりが嫌でも目に入る。 せめてもう少し、背が低かったら。 せめて、可愛らしい顔立ちだったら。 堪えていなければ、今にも泣いてしまいそうだった。 わたしは一生、諏訪の好きなタイプにはなれない。 可愛いワタシを作ろう。表紙にでかでかと書かれたその本を陳列しながら、食い入るように見つめてしまう。 可愛いって、作れるものなの? わ、わたしでも・・・? こそこそと辺りに誰もいないことを確認し、その本をぺらりとめくってみた。そこに写っていたのは、ちいちゃくてふわふわの、きゅるきゅるした女の子たちばかりだった。 「なに、お前こういうのが好きなの?」 「・・・!!??」 バタンと勢いよく本を閉じ、平積みしてある雑誌のてっぺんに戻す。声の主は、諏訪だった。 「へ、な、なんでここに!?」 「読みたい小説があったから、探しに」 「へ、へえーーー」 「お前が可愛い、ねえ」 わたしがさっきまで読んでいた本を諏訪が手にとって、ぺらぺらとめくる。やけに真剣なその表情に、わたしなんかがこの本を読んでいた恥ずかしさより、諏訪がこの子たちを見て可愛いと思うことの方がいやだと思ってしまった。だって、そこにいるのはきっと、諏訪のタイプの可愛い女の子たちばっかりだから。 「ち、違うの、ちょっと出来心で」 「なに慌ててんだ。好きなやつでも出来たのか?」 「え」 つまらなそうに本を読んでいた諏訪が、返事のないわたしをはじめてまじまじと見た。好きな人はずっといます、わたしの目の前に。で、でもそんなこと言えないし。言い淀むわたしをしばらく観察するように見て、諏訪は雑誌を元の場所に戻した。 「バイト終わったら、ラーメン食いに行こうぜ」 「・・・へ、あ、うん」 「じゃあ、後でな。バイト頑張れよ」 なんだかあっさりと、諏訪は引き下がった。ラーメンの約束を取り付けて、小説のコーナーにさっさと歩いて行く。な、なんだったんだろう、さっきの諏訪。すごく真剣な顔だった。それに、どうして好きな人のことなんて聞いてきたんだろう。 こんなわたしでも、可愛くなれるかな? 平積みされた雑誌の表紙の可愛らしい女の子に問いかけてみたけれど、当たり前に返事はない。この本、買ってみようかな、なんてわたしらしくないことを考えながら、新たなダンボールを開封し、品出しを再開した。 |