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諏訪と付き合うことになったと報告したら、みんなが喜んでくれた。
風間は腕を組み、「うむ」とでも言いそうな顔で大きく頷いてくれた。「お前は可愛い、そろそろ自信を持て」そう励ましてくれた風間に、諏訪が何故かまたキレるものだから、今度こそ居酒屋の半個室で取っ組み合いの喧嘩にでもなるかと思い、ヒヤヒヤした。
レイジは「おめでとう」と、雷蔵は「おせーよ、このまま一生友達のままだったらどうしようかと思ったわ」と、いつもの仏頂面で祝福してくれた。

わたしたちが付き合うことになった報告会とは名ばかりで、結局はいつも通りの飲み会だ。風間がテーブルに突っ伏して寝た頃、わたしたちの話から飛び火したレイジが、ゆりさんのことで散々いじられたり、ボーダーのランク戦とやらの話をし始めたり。夜も更けていい時間になった頃、わたしたちはお店を出た。レイジは玉狛支部に、ポストと戦っていた風間は雷蔵がボーダー本部まで送り届けることになり、わたし達はお店の前で解散した。



「久しぶりにみんな揃って、楽しかったなあ」
「あー?俺は疲れたぜ」

そう言うくせに、諏訪もなんだか楽しそうにしている。さっきまでみんなとわいわい騒いでいたからか、諏訪と二人きりになれば急に静かになった。酔って火照った頬に、冷たい夜風が気持ち良い。

「そういえばね、あの本、読み返し終わったんだ」
「ああ、あれな。どうだった?」
「諏訪の言うとおり、確かにトリックが面白かった!諏訪、よく覚えてたねえ」

ふわふわとした気分で諏訪の隣を歩く。つま先に視線を落とせば、おんなじ歩幅で二つの靴が地面を蹴っている。諏訪といると、ゆったりと時間が流れる気がする。穏やかで温かく、この空間はきっと、諏訪が作り出しているものだ。

「・・・お前に借りた本の内容、忘れるわけねえだろ」
「え」

なに、今の。聞き間違い・・・?
勢いよく諏訪を見上げれば、夜道の街灯にちょうどよく照らされた諏訪の頬が、見たこともないくらい真っ赤になっている。多分、見間違いじゃない。さっきの言葉、確かに諏訪が言ったってことだよね。なにそれ、嬉しすぎる。

「す、諏訪、もしかして酔ってる?」
「・・・おめー送るから、今日はあんま飲んでねえよ」

確かに、あんまり飲んでないなとは思っていた。・・・けど。それがわたしのためだったなんて。
酔っ払ってるからあんな風に甘い言葉を言うのと、酔ってないのに言ってくるの、どっちが心臓に悪いんだろう。・・・多分、後者じゃないのかな。だってわたしの心臓、苦しいほどにうるさく鳴っている。

「で、でも、諏訪は面白い本たくさん呼んでるよね?」
「そんなの、お前に褒められたくて、必死で探してんだよ」
「へ」

初めて知った諏訪の心の内に、ぴたりとわたしの歩みが止まった。半歩前から諏訪が振り返り、照れくさそうに唇を尖らせている。運悪くまた街灯の下、今度はわたしの真っ赤な顔を、諏訪に見られてしまう番だった。
恥ずかしくて俯きがちにまた歩き出せば、諏訪がぴたりと隣に並んで、また同じ速度で歩み始める。

「そういやばあちゃん、お前に貰ったあの皿、すげー喜んでたよ」
「ほんと?良かったあ」
「今度ウチに飯食いにくれば?」
「・・・いや、でも」

さ、流石に。付き合ったばかりで実家に行くのは緊張してしまうなあ。それでも、久しぶりにおばあちゃんに会いたいという気持ちもある。・・・複雑だ。
考えながら百面相をしていたのか、諏訪が隣でぷっと吹き出した。慌てて表情を引き締めて諏訪を見上げれば、急いで取り繕ったわたしの顔を見て、また肩を震わせる。

「あのな、お前がばあちゃんにお礼がしたいって言った時、一個思い当たることがあったんだよ」
「そ、そうだったの?」
「ばあちゃんがお前にずっと会いたがってたから。・・・だけど、付き合ってもねえのに家呼ぶのおかしいだろ」
「た、確かに・・・」

あの日喫茶店で諏訪が言いかけたのは、これだったのか。確かに、友達とはいえ異性だし、それにあの時諏訪も、わたしのことをただの友達だと思ってなかったから、素直には呼べなかったのかなあ。今になって、諏訪の気持ちや考えていたことを、答え合わせのように知る。わたしが諏訪のことで悩んでいた間、諏訪もわたしのことで悩んでくれていたのかなあ、なんて。自惚れてしまう。悩んだ時間でさえ愛おしく感じるほど、いま諏訪の隣にいられることが幸せだ。

「ま、今すぐじゃなくていいから。考えておいてくれ」
「うん。・・・諏訪が良いなら、今度行きたいな」
「あ?名前以外連れてく気なんてねーよ」

けろっとしてそんなことを言う。諏訪がタラシだったなんて、付き合うまで知らなかった。こんなにどきどきしてばっかりで、わたし、この先諏訪の恋人としてやっていけるんだろうか。

いつまでもうるさい心臓を落ち着かせようと大きく息を吸う。微かに諏訪の煙草のにおいが胸に広がる。そろそろと横顔を盗み見れば、眉間を緩ませた諏訪が、真っ直ぐ前を見据えて歩いている。

「ん?」
「かっこいいなって」
「なっ」

あんぐりと口を開けたちょっぴり間抜けな顔に、思わず笑ってしまう。そんなわたしに気づいた諏訪が、柔らかく笑ってわたしの頭を小突く。
ああ、諏訪が好きだなあ。

「ねえ、諏訪?」
「・・・なんだ?」

次は何を言い出すんだ、と少し警戒した様子の諏訪が、それでもわたしの問いかけに答えてくれる。

「誰も周りにいないから、手、繋いじゃだめ?」
「・・・かっ!」

諏訪が手のひらで顔を覆い、天を仰いだ。

「か?」
「・・・かわいすぎんだよ、ちくしょう」

笑ったり、驚いたり、照れたり、怒ったり。くるくるとめまぐるしく変わる諏訪の表情を目で追って、たまらずわたしは吹き出した。
相も変わらず今日もわたしは、諏訪に恋をしている。





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