22

なんとなく、あれから諏訪を避けてしまっている。

自分の気持ちに整理がつかなくて、諏訪の前でいつも通りのわたしでいられるか自信がなかったから。例えば本当に、諏訪に好きな人がいて。それならわたしは諏訪を応援してあげなくちゃいけない。長い間友達というポジションに甘えていたのだから、最後まで笑って背中を押してあげなくちゃいけない。
わかっていても、今のわたしにそれを完璧にこなせる自信がない。
今、だけじゃない。これからだって、完璧になんてできるわけない。
だって、わたしもずっと諏訪が好きだったんだ。




諏訪と被っている講義は体調不良を理由に自主休講をして、わたしは二週間ほど諏訪から逃げた。諏訪と被っていない講義に、悪いことをしたわけでもないのにこそこそと出席をして、目線を下げて早歩きをしながらキャンパスを出ようとしていたところ。よくやく捕まえたとでも言いたげに、拗ねたような、心配しているような、どちらとも言えない表情で、諏訪はわたしの前を塞いだ。

「今日はもう帰りだよな?」
「・・・諏訪、」
「帰ろーぜ」
「あ、えっと」

いつもなら嬉しいその言葉も、今は喜べるような余裕はない。普段なら即答で頷くはずのわたしが曖昧な返事をするのを、諏訪は黙って見つめている。わたしの態度に違和感を感じているだろう諏訪は、「ダメか?」とわたしの表情を窺うように問いかけた。
・・・気を遣わせてしまっているなあ。諏訪のちょっとばかり元気のなさそうな様子に申し訳なさを感じながらも、他にやりようがなかったので許して欲しいと考えている。そんな自分が、どこまでも勝手で嫌になる。

「うん、帰ろう」

そう返せば、諏訪は困ったように眉を下げて笑った。そうして、いつもより少しだけ距離をあけて隣を歩く。いつもは心地良いだけの沈黙も、今日は少し緊張感がある。それはそもそも自分が作ってしまったもので。諏訪のせいじゃないのに、諏訪はわたしを気遣うように歩幅を合わせて、話し出すのを静かに待っていてくれる。

こんな時でさえ、諏訪が好きだと思った。

「・・・ねえ、諏訪」
「ん?」
「前に風間が言ってた、諏訪に好きな人がいるって話、ほんと?」
「・・・あー、ほんとだよ」

いつも通りの帰り道。違うのは、変な緊張感と少し広めにあいた距離。気づけばわたしは堪えきれず、諏訪の秘密を探ってしまった。
返ってきたその言葉尻は柔らかく、わたしの心臓は嫌な音を立てる。

それでも、聞いてみたい。
ねえ、諏訪。ほんの少しでも、わたしに可能性はある?

祈るように問いかけたわたしの声は、微かに震え、掠れている。

「諏訪の好きな人って、可愛い?」
「・・・あー、めちゃくちゃ可愛い」

・・・ああ、わたしじゃないんだ。
盗み見た諏訪の顔、とろけそうな顔をしている。なんて羨ましいんだろう。諏訪に、こんな表情をさせるなんて。
高校の頃、放課後の教室で諏訪が言っていた。好きなタイプは可愛い人だって。あの時からずっと、わたしは諏訪の眼中に入っていなかったんだ。そんなことわかりきっていたはずなのに、堪えきれない涙が込み上げてきてしまう。
泣くな。今泣いたら、諏訪と友達ですらいられなくなってしまう。そう思う反面、もう何もかもどうでも良いとすら思う。
ここでいっそ、友情を終わらせてしまおうか。
だってもう、この気持ちを隠したまま諏訪の隣にいることは、無理だとわかった。

「なっ、どーした名前、なんで泣いてんだ!?」

諏訪がおろおろとしてわたしの顔を覗き込む。やっぱり、優しいんだ、諏訪は。ずっとずっと優しかった。わかりづらかったり、ぶっきらぼうだったりするけれど、いつだって誰にだって優しかった。わたしもただ、その中の一人だったに過ぎない。そんな優しい諏訪なら、わたしがこの気持ちを伝えても、受け止めて、きちんと振ってくれるに違いない。
どうしよう、最後に優しく言葉をかけてもらったりしたら。わたしまた、諏訪を好きになっちゃうなあ。

「わたし、諏訪が好き」
「・・・・・・」
「諏訪は可愛い子が好きって、前に聞いたことがあって、」
「・・・・・・」
「だからね、諏訪に、可愛いって言って欲しくて、ずっと頑張ってたの」

ごめん。ありがとう。さあ、なんと返ってくるだろう。
諏訪は自分のことモテないと言うけれど、そんなことない。昔から密かにモテていたし、告白を断ってきたのを知っている。
だからきっと、わたしのことも上手に振ってくれるはずだ。

「泣くなよ」

諏訪が骨ばった指の背で、わたしの頬に伝う涙を掬う。次から次へと流れてくるものだから、諏訪は掬いきれず困ったように眉を下げて笑った。やっぱり、優しいなあ、諏訪は。ますます好きになってしまった、どうしてくれる。

「名前、聞いてくれ」

涙が止まらず俯くわたしに、視線を合わせるように少しだけ屈んだ諏訪が、しっかりと目を合わせる。頼む、とその目がいっているものだから、わたしは涙をそのままに、諏訪の最後の言葉を待った。

「あのな、名前」

お前は昔からどっか抜けてて危なっかしくて、無防備で放っておけなかった。俺の前だけ安心しきった顔で笑うとこも、気の抜けた顔で駆け寄ってきてくれることも、俺は嬉しかったんだ。
確かにお前は美人で、綺麗だ。でもそれ以上に。

「俺にとって名前はずっと、かわいいよ」
「・・・・・・」
「好きだ、名前。高校の頃からずっと」

ぱちぱちと瞬きをするたびに、涙がぽろぽろと溢れてしまう。はにかむように笑った諏訪が、飽きずに涙を指で掬ってくれる。

「おめーが最近どんどん可愛くなるから、好きなやつでもできたんだと思って、ちょっと焦ってた」

バツが悪そうにそう言いながら、諏訪は「良かった」と掠れた声でぽつりと溢す。ほんのりと苦い、諏訪の煙草においがする。触れられる距離に諏訪がいる。わたしの頬に触れる諏訪の指に触れれば、諏訪はすぐにわたしの手をぎゅっと掴んで、その大きな手で握ってくれた。

「大切にするから、俺と付き合って」
「うん」

わたしの手を握る諏訪の手に、もう片方の手を重ねた。

「わたしもね、高校の時からずっと、諏訪のことが好きだったんだよ」

両手でぎゅっと諏訪の手を握り、至近距離の諏訪を見上げて笑いかければ、なんだか今にも泣きだしそうな顔をして、諏訪が目尻を下げて笑った。




- ナノ -