21

視線の先で、諏訪と同じゼミの可愛い女の子が手を叩いて笑い合っている。付き合っているわけでもないのに、こんな場面、影からこっそり盗み見ているなんて、なんだかバツが悪い。

「お前がスカート履いてるの、久しぶりに見たな」
「そうなの。変じゃない?」
「ああ、似合ってるぞ」

こくりと風間は頷く。その態度がいちいち仰々しいものだから、なんだかお殿様から褒めてもらっているような気持ちになってちょっと可笑しい。こういう時、風間は決してお世辞を言わないから、褒めてもらえると心強いのだ。

「髪、伸びたな」
「うん。また昔くらいまで伸ばそうかなって思ってるよ」
「ああ、あの長い髪は名前によく似合っていた」

風間がさらりとわたしの毛先に触れた。もうすぐ肩につきそうなくらいに伸びたこの髪が、昔のように胸の辺りまで伸びる頃、わたしたちは大学を卒業するんだろう。そう思えば、こうして風間と軽口を叩いたり、わけもなく一緒にいられるのも、あと一年ちょっとしかないんだと気づく。もちろんそれは、レイジや諏訪とも。

視線の先では、女の子がお腹を抱えて笑いながら、諏訪の腕をぽかぽかと叩いていた。なんだかやけに仲睦まじく見える二人は、周囲に見せつけるかのように、あまりに楽しそうでお似合いで。
やっとしっくりとくるようになってきたメイクもアクセサリーも伸びてきたこの髪も。本物の可愛い子の前では霞んでしまうんだろうなあ。
なんて、好きな人を前にすれば、やっとついてきた自信も、いとも簡単になくなってしまう。

「頑張ったな、名前」
「え?」
「可愛くなる努力をする、と言っていた話だ」
「ああ・・・」

・・・頑張った、んだけど。風間に叱咤激励してもらい、友人から最高のアドバイスをもらい、それでもなお、やっぱりどこか自分に自信が持てないままでいた。風間の真っ直ぐな紅い瞳から目を逸らし曖昧に返事をすれば、あからさまに「はあ」と大きなため息を一つついた風間が、何にもわかってないな、とぴしゃりと言い放つ。

「あのな、そもそもお前は可愛いだろう」
「へ」
「前にも確かにそう伝えたはずだ」

驚くわたしよりさらに驚いた顔をした諏訪が、気づけばわたしと風間の間に立っていた。

「てめ、名前に何言ってんだこのやろー!」
「うるさい意気地なしめ。お前が言わないから代わりに言ってやったんだろうが」

いま風間、わたしのこと可愛いって言ってくれた?それに、前にも、って。ていうか諏訪。なんで突然目の前に。
何から何までわけがわからぬうちに、いつも通りの風間と諏訪の口喧嘩が始まっている。
あの子との話はもういいのだろうか。さっきまで諏訪がいた場所にふと視線を向ければ、あの女の子が切なげな表情でこちらを見つめていた。わたしの視線に気づいた彼女は、ふいと目を逸らし、人の流れに沿って歩き出す。
・・・ああ、あの子も、諏訪のことが好きなんだなあ。

「てめえ、気安く髪なんか触んなよ!」
「なんだ嫉妬か、醜いな」

・・・・さすがにうるさいな。
あの子のことを考えようとしても、目の前の二人がいつまでもああ言えばこう言うので、わたしの思考回路は停止し、代わりに吹き出してしまった。

「二人は仲良いなあ」
「「仲良くない」」
「あはは」

笑い崩れそうになるわたしの頭に小さくげんこつを落とした諏訪が、照れくさそうにそっぽを向いている。なんでこう、二人は会えば口喧嘩ばっかりなのかなあ。仲が悪いと言うには、あまりにテンポがいい喧嘩なんだもん。だからこうして笑ってしまい、いつも諏訪に怒られてしまう。

「諏訪、あのゼミの可愛い子いいの?」
「あ?可愛いって誰だ?」
「さっきまで話してた、あの」
「あー、あいつか。いや、おめー・・・らが見えたから」

見えたからって、別に来なくてもいいのに。なのに、諏訪はどうしていつも選んでくれるの?
あの子だってわたしたちだって、諏訪にとっては同じ友達のはずなのに。
そんな風に言われたら、少しだけ期待したくなってしまう。

「はあ・・・、意気地なし。好きならいい加減気持ちを伝えたらどうだ」
「あ?おめーには関係ねーだろ」
「そうだな、可愛いすら言えない小心者だもんな」

また始まった口喧嘩。
だけど今、風間、なんて言った・・・?
聞き間違いじゃなければ、まるで諏訪にずっと好きな人がいるような言い方だった。
いつもならまあまあと二人を宥めて止めるけれど、わたしの思考は停止して、中途半端な笑顔のままその場にフリーズをしている。

諏訪、好きな人がいるの?








- ナノ -