20 名前がばっさりと髪を切った。胸のあたりまであった艶のある長い髪は、今は肩にもつかないくらいに短く、白く細いうなじが露わになっている。髪型に合わせてか、服装もずいぶんシンプルになった。Tシャツに細身のデニム、高さのないパンプスを履いた名前は、昨日とはまるで違う姿に目を丸くする俺の視線から逃げるように、照れくさそうに前髪をいじっている。 「髪、短くしたのか」 「・・・うん。気分転換」 へへへ、と誤魔化すように眉を下げて笑った名前に、なんと声をかけたら良いのかわからない。選ぼうとしても、どの言葉も喉元でつっかえてしまう。 知っていた。名前が大学に入ってから、容姿のことでさらに目立つようになったこと。高校までもそんなことはあったけれど、そんなの比べ物にならないくらいどこに行っても注目の的になり、生きづらそうにしていたこと。 わかってたのに。 俺は何も出来なかった。 「諏訪?」 「・・・・あ?なんだ?」 考え込んでいた俺を、不安そうに上目遣いで名前が見つめている。ただただ俺を気遣うようなその視線からは、俺のせいだと責める気持ちは微塵も感じられない。 だけど、いつも隣にいて、ふとした時に溢すように言う悩みだって、俺はちゃんと聞いていたのに。いつも俺の隣ではにかむように笑っていた心の内で、俺が思っているより名前はいろんなことを考えて、悩んでいたんだろう。俺が名前の悩みに一番に気づいて、きっと助けてやれる。なんて浅はかなこと、考えていた自分があまりに情けなくて嫌になる。 「ねえ、諏訪?」 「なんだ?」 「・・・あのさ、・・・この髪型、変じゃない?」 さっき風間に会ったときね、雷蔵と色違いだなって言われたんだよ。そう言った名前は口元に手を当ててくすくすと笑う。 「変じゃねえ。似合ってる」 「・・・ほんと?」 俺が申し訳なさや不甲斐なさを感じている間でさえ、名前は俺を頬を染めて嬉しそうに見つめてくれる。 今の俺の立場で、何が出来るのかなんてわからない。それでも、こいつがずっと安心して笑っていられるように、これからも友達として名前をそばで守ろう。 あの日誓ったその友情は呪いのように、いつまでも俺自身をがんじがらめにしている。 「可愛いね、待ち合わせ?」 「俺らと遊ぼうよ」 ああ、やっぱり。待ち合わせ場所では当たり前のように名前がナンパされている。なんで俺、財布なんて忘れたんだ。アホか。こうなることがわかってたから、先に行って待っとこうと思っていたのに。今にも死にそうな顔をして愛想笑いをする名前を見ていられず、ろくに挨拶もしないまま俺は夢中で名前の手を引いていた。 「・・・悪い、手。嫌だったよな」 「ううん。助けてくれてありがとう」 繋いだままの手を慌てて離せば、名前はしっかりと目を見て俺にお礼を伝えてくれる。その視線があまりにも真っ直ぐで、ここまで無我夢中で連れ去ってしまったとはいえ、手を離すのが名残惜しいなんて考えている自分を密かに恥じた。 入ったこともない小洒落た雑貨屋に名前はすいすいと入っていく。取り残されたらたまったもんじゃないと思い慌ててその背中を追いかければ、名前が笑いを噛み殺していることに気づく。どーせ、この店に似合わないとか思ってんだろうなあ。 「うーん、どっちがいいかな。・・・あ、これもかわいい。・・・うーん」 いつまでもうんうん唸るばかりの名前の横顔を盗み見る。耳元の小さなイヤリングが店内のライトを反射して光っている。頬は淡く色づき、唇は艶やかで。少しばかり伸びた髪も、久しぶりに見たスカート姿も。俺の知らない間に、名前はどんどん可愛くなっていっている。自分に自信が持てるようになったのなら、それは友人としてとても喜ばしいことのはずなのに。いつか俺の隣を離れていってしまう日がくるんだろうか。なんて、考えるのは俺自身のことばかりだ。 ぼんやりと考え事をしながら見慣れない雑貨を目で追っていれば、レジにいる名前が俺に向かって手招きをしていた。 「彼のおばあさんにプレゼントなんですか?」 「え、あ、えっと、」 さて、名前はなんて答えるだろう。そんなことを心の中で考えながら、おくびにも態度に出さないよう、何食わぬ顔で店員の器用な手つきを見つめていた。名前はもちろん肯定しない。だけど、否定もしなかった。ふと感じた視線に顔を上げれば、全てを悟ったような顔で微笑む店員と目が合った。 「素敵な彼女さんですね」 「・・・はい」 勇気を出してそう答えてみた。名前が笑って否定するのなら、それに合わせて冗談だと笑えばいい。それなのに、名前はいつまでも何も言わない。恐る恐るその横顔を盗み見れば、ぎくりと肩を上げたまま、大きな目をさらにまん丸にして、頬を真っ赤に染めている。 そんな顔するなんて思わなかった。 なあ名前、俺は期待してもいいのか。 |